新安浦港から船を走らせわずか10分。
釣り船・千代吉丸に乗ったウエカツは、眼前の猿島に目をやりながら、海中へと仕掛けを送った。
寄せ餌を振り出しながら仕掛け分を巻き上げ、静かにタナを合わせると、穂先をククッと押さえる魚信がすぐに現れる。アジだ。
道具はアジ用。漁場もアジのいる根。ゆえにここでアジが釣れるのは当然であるが、この日、ウエカツが期待していた魚はアジだけではなかった。
そう。ひそかに期待していた魚はメバルやカサゴ。冬から春にかけて、猿島回りのアジの釣り船でも混じって釣れることがあり、これが特別に旨いのだという。
しばらくして、アジの鋭角なアタリとは違う、重く引き込む魚信が竿先に訪れた。巻き上げると、大きな目玉をした白黒だんだら模様の魚がシッカリと針に掛かっている。メバルだ!
「白だな」釣り上げたメバルをはずしながらウエカツがつぶやく。
沿岸で釣れるメバルには、3種類あるという。白メバル、赤メバル、そして黒メバルだ。この3種は長い間、棲息環境によって色の違いがあるだけの同種の魚だと思われていた。ところが、最近になって、あらためてDNAやヒレ筋の数を調べてみたところ、実は別の種類だったということが判明したのだ。かつてこの連載で紹介した黄アジと黒アジの問題同様、魚には解明されていないことが、まだ沢山あるようだ。
メバルを釣り上げたウエカツは、それを海水かけ流しのバケツへと入れた。いつもなら、即座に脳天へと手鉤を差し込み動きを止めるはずの彼にしては、珍しいことだ。
「この季節のメバルは流れてくる海苔をけっこう食べていて、未消化のまま腹にも入っているもんで、そのままでは海苔臭い。それを風味というとらえ方もできるけれど、そこは好き好きかな。わずかな時間でも泳がせて海苔を吐かせてやるだけでも、ずいぶん違うもんなんだよ」
魚の締め方も、その魚種や時期によっていろいろなのである。
さらにウエカツは、サイズによって締め方を変えていた。
大きなメバルはいつも通りに神経締めを施すが、小さなメバルは、エラの根元から頭の方向へナイフを差し入れて、血管と頭蓋骨を同時に破壊する延髄締め≠ニいう処理を行う。これは、触るほどに劣化する小さい魚を速やかに締めるのに適しているとのこと。カサゴも然り。
「小さいのは、神経まで通さなくても効果は出るからね。ただし、アジだけは小さくてもシッカリと神経を壊してやると、断然味が違ってくるよ」そう話しながらも作業に余念がない。
本当にその魚に適した旨さを活かすためには、それぞれに手当ての方法も違ってくるということのようだ。
毎回、この取材に同行しているダイワ・フィッシングインストラクターの小堀友理華も、今回は神経締めに挑戦していた。
しかし、脳天の急所を一刺しするためにウエカツが小堀に渡したのは、ウエカツ愛用の手鉤ではなく、なんと細いプラスドライバー。
そんなもので魚が締められるのだろうか。
「ま、手鉤は慣れないと使いにくいし、だからといってキリみたいに尖ったモノを使うと、先が頭蓋骨を突き抜けちゃって、一発で殺せない。その点、プラスドライバーだったら先が鈍角だから、脳をこわしたところで止まってくれる。慣れないうちはこれがいい。なんてったって100均だし」なるほど納得である。