東京湾に面した横浜の南端・金沢八景。そこに船宿を構える荒川屋から航程わずか10分ほどの沖合。
船上のウエカツは針先に掛かったアジを愛しむように取り込んだ。
全長20センチ足らずの小さなアジだが、その魚体は黄金色に輝いている。これぞ、東京湾の釣り人が愛して止まない黄アジとも呼ばれる「金アジ」である。
今回、金アジを対象魚に選んだのには理由がある。
「これから数回に渡って、東京湾の魚…江戸前の魚について考えてみたい」と、ウエカツは言う。
大都市に隣接する閉鎖性の海でありながら、生産性が高い。つまり食べられる魚がたくさん育ち、それを追いかけている大勢の漁師が生活している海など、世界中を見渡してもそうは見当たらない。
そのような稀有な海、東京湾で獲れる魚を、古くから「江戸前」と呼んできた。現在の東京湾は、千葉県館山と神奈川県三崎を線で結んだ内側の海ということになっており、その海域で獲れる魚は全て江戸前の魚と呼んで差し支えないが、かつてはそうではなかった。
江戸時代には湾の奥の方で獲れるウナギやハゼがその代表格だったというが、時代に伴い江戸前の解釈も広がって、飲食業界では、神奈川なら横須賀、千葉なら木更津あたりまでの、シロギス、アイナメ、アナゴ、マコガレイ、スミイカ、シャコといった魚が江戸前ということになっている。しかし、それらの魚たちも、実は今、軒並みその数が減少しているというし、逆に増えいる魚もある。メバル、スズキ、クロダイ、アジなどだ。
東京湾は高度成長期に、公害による大ダメージを受けて社会問題となった。その後様々な努力の末、キレイになったものの、それだけで問題が解決したわけではない。
海中のプランクトンが分解される時に酸素を大量消費することで生じる、貧酸素水塊が強風で上層に流れ出てくる“青潮”。下水整備が進み、川から入る栄養が不足して、様々な生物の餌となるプランクトンが育たない“貧栄養化”。加えて、環境構造の変化に伴う“水温上昇”の問題など。これらを要因とする栄養と水温・水質の変化は、生物の成長や生態に大きな影響を及ぼすのである。また、海に住む生物の“ゆりかご”である藻場や干潟が埋め立てられたり、コンクリートで遮断されたりして、従来の魚には住みにくい環境になってしまったのは明らかだが、一方、その新しく作られた環境に順応適応した魚たちが、その個体数を増やしているというわけだ。
「江戸前の魚は、漁場も魚種も、新しい環境に合わせて変わってきている。いや、変わらざるをえなくなってきているんだね」
今回釣れた金アジは15センチ平均。ウエカツ曰く「ベストは20センチ。その大きさの釣れた時が、旬の中の旬」
おりしも国交省が、10年計画で「東京湾再生官民連携フォーラム」というプロジェクトを立ち上げ、今年の11月23日には、以後恒例行事となる『東京湾大感謝祭』の第一回が、お台場の「青海・タイム24」で開催される。フォーラムの中で『江戸前ブランドプロジェクトチーム』も結成され、21世紀の東京湾ブランドの水産物を世に知らしめようと動き始めている。
そのための仕掛けとして、たとえば『江戸前の魚あります』というステッカーや昇り旗を作り、それを掲げた飲食店には、毎日一品でいいから江戸前の魚を使った料理を出してもらう。これにより、言葉だけでしか知らなかった「江戸前」が、具体的な素材や味として認知され、日常生活の中で存在感を増してくる、といったことが期待されている。それほどに知っているようで知られていなかったのが「江戸前」なのである。
「江戸前の魚を、気軽に食べられる機会を増やし、まずは味を知ってもらう。そして関心を持ってもらうことが大切。恩恵を受ければ、そこから江戸前の魚を、ひいてはそれらが生きている東京湾というこの海を大切にしようという気持ちが生まれてくるだろう」
つまり江戸前も東京湾も、その内容は随分変わってきており、それを取り巻く官民の動きも大きな変化の時を迎えているようなのだ。
「東京湾は全国の参考になると思う。『食楽』で、その来し方、現在、これからの江戸前は、この連載のツールである“釣り”を通して必ず見えてくるはずだ」これがウエカツの考えだ。たしかに、今や東京湾の一大産業となった釣りを抜きにして江戸前を語るわけにはいくまい。我々はどのように眼前の海と魚と付き合っていけばいいのか? それを探りたいのである。
【東京湾再生官民連携フォーラムHP】
www.tbsaisei.com