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【第6回】相模湾 シイラ|魚に貴賤なし“シイラ”の味噌汁に感動
魚のことならお任せ ウエカツ水産&魚屋 ニシガタ ニッポンの魚“シイラ”を堪能す!
女子高生の笑顔が最高の酔い止め薬
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「べた凪だよ。海が池みてぇだぁ」
 丸十丸の小菅船長の声が、静かな小網代湾に響き渡る。船酔いをする私は、乗船を迷っていた。と、丸十丸のアイドル綾ちゃんが、爽やかな笑顔で手招きする。今日は…乗らねばなるまい。『食楽』の編集者が、小さなカプセル瓶をそっと手渡す。酔い止め薬だった。
 暑さで海水が蒸発しているように思える。海上に立ちこめる霧で、視界5メートルの世界に、よその船が幽霊船のように現れては消えていく。ようやく霧が晴れた、その時だ。遙か遠くの鳥山が、水しぶきを上げながら近づいてくる。驚く間もなく、我々は轟音の真っ只中にいた。シラスの群れにカツオが右往左往し、その上でカモメが乱舞。その鳥山を、轟音に包まれ人が血眼で追いかける…。
 やがて漁業者がパヤオと呼ぶ、「城ヶ島沖浮魚礁観測ブイ」が見えてきた。城ヶ島の南西沖約8キロと聞けば、伊豆大島に近い。霧が出てきて、釣りが始まった。小型のシイラが釣れている中で、船酔い男はそろそろヤバい感じ。生あくびが何度も出る。むぅ横になりたい…。と、
「ギャアー、コン畜生!」
 見ると、綾ちゃんがダイワの大型リールにしがみついていた。それでもN(私)は動けない。「頑張れ!」「なんだ?」「シイラでもマグロでもなさそう」。酔ったなどと天を仰いではいられない。
 近づくと、3メートルはあろうヨシキリザメと格闘中だ。張り詰めた緊張感の中、大人の手を借りず見事に釣り上げる綾ちゃん。疲れ切った腕を押さえて「やったーッ」。高校二年生になった、彼女の笑顔にかなう酔い止め薬はない。
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(左) これからのシイラ釣りに思いを馳せるのか、船酔いが不安なのか。
(右) 酔ってしまった西潟氏。
シイラとの戦いを終えいざ、厨房へ
 厨房は釣り宿の3階をお借りしている。小網代湾を見下ろす、風通しのいい部屋だが、午後の日差しは酷暑である。缶ビールを手にすると、つい世間話が始まってしまう。
「Uさん、鳥取にいたころはシイラ漁をしていたんだよね」
「シイラづけ漁、といって孟宗竹を束ねたパヤオを、沖合に浮かべるんだよ」
「パヤオって、沖縄でいう魚を寄せる魚礁だね」
「そう。何十匹と集まるシイラを漁網で巻き捕るんだな。本場のシイラ料理を教えてやろうか」
 ようやく腰が上がり、U氏が厨房に立った。シイラ独特の下ろし方は、見ていて小気味がいい。数本のシイラがアッという間に皮を剥がれ、三枚に下ろされた。
「ヌメリが強い細かなウロコには、雑菌がつきやすい。金タワシで洗っても、生皮を身に触れさせないこと。シイラ料理は下ごしらえ用まな板を別にするほどの心遣いが必要。加熱するなら別だけど」
「なるほど…南方系の大型魚には、シガテラ毒の報告もあるから要注意だな。で、この下ろしたての片身は、使っていいの?」
 元シイラ漁師のU氏は、すっかり料理熱に火がついた。後手に回ると手持ちのレシピが取られそう。
生、焼く、煮るシイラ美味三昧
 まずは「洗い」から。氷水を作っておき、サク取りしたシイラを薄造りにして、素早く沈めていく。切り身は一瞬白じみ、「冷たい!」と言わんばかりに縮こまる。水気を拭き取り、辛子酢味噌で食す。
 今度はU氏が厨房へ。
「シイラ料理には、塩と玉ねぎが欠かせないのだ」
 サク取りした片身は、軽く塩をして傍らに。玉ねぎをみじん切りする間に、魚は水分を出して赤みを増したように見える。塩で締めた片身は、玉ねぎとほぼ同じ大きさに叩き和える。U氏はちょいと味見をして、
「旨い!これでいい。料理名?塩なめろうウエカツ流はどう?」
 漁師料理で知られる「なめろう」とは、魚を味噌と長ねぎで舐めるほどよく叩いたもの。これは塩と玉ねぎだから、ウエカツ流だ。なるほど玉ねぎの甘みが効いている。味噌味にはない、清々しさもいい。
「食べたい…」
 それまでずっと私たちの調理をお母さん、妹と一緒に見学していた綾ちゃん。椅子に立ち上がってU氏の手元を見つめていた。
カメラ「撮影が終わったらね」
「やった!」
 塩なめろうをもっと叩くと粘りが出る。U氏曰く「水溶性タンパク質が塩と結合して粘りが出る」とのこと。それを団子状に丸めてつぶし、フライパンで焼く。料理名は、塩さんが焼きウエカツ流。漁師料理では「なめろう」を焼いて、「さんが焼き」と言う。
 シイラのアラを使って味噌汁を作り出すと、周囲にはカメラマンしかいない。みな撮影台代わりのテーブルを囲み、撮影が終わったシイラ料理を黙々と食べている。
「漁師の妻でいて…シイラを刺身で食べたことってあんまりないんです。小型でも十分に美味しい」
「初めて食べました。明日から、またシイラを釣るぞー」
 今年はシイラが豊漁で、相模湾では初夏に1日何千匹も定置網で捕獲された。それでも漁港が湧かないのは、売れないからだ。漁師の卸値を「浜値」と言うが、1キロ30円にならない。釣りでは人気のシイラが、なぜ食卓で嫌われるのか。魚屋に並ばないのはなぜだろう。九州や山陰地方で食習慣があるのは、シイラの旨さを知っているからだ。関東人は知らないのに嫌っている。悲しいことだ。
「魚に貴賤なし。関東の魚食普及活動は、開拓者精神が必要かも」
「私も、頑張る」
 頼もしい跡継ぎが、シイラの味噌汁に感動している。
ニジマスの捌き方
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アルミのタワシで尾から頭に向けてこすり、ウロコを落とす。魚体表面の銀色部分にはグアニンという成分があり、食あたりすることもあるのでしっかり落とす。
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エラの後ろ側から包丁を入れ、腹側に向かって切る。ただし頭は切り落とさない。
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腹の方まで切ったら、内臓を傷つけないように肛門の手前まで切る。
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肛門手前まで切ったら、魚体をひっくり返し、肛門手前からエラの下側まで内臓を傷つけないように切っていく(3の行程を逆に切っていく)。
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エラの下側から頭の方まで切り(2の行程を逆に切っていく)、頭を切り落とし、お腹を開いて内臓を取り出す。胃、アラは味噌汁の具になるので捨てない。
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内臓を取り出したあとの血合い部分を、歯ブラシやささらでこすり、きれいに洗い流す。
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魚体に付着した水分が臭いのもと。3枚におろす前にキッチンペーパーや布を使って丁寧に拭き取る。
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骨にそって包丁を動かし、身を骨から切り離す。反対側も同様に骨と身を切り離す。
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2つの身に付いている腹骨をそれぞれ切り落とし、3枚おろしの完成。生食する場合は、頭から尾に向け皮をむく。身にあたらないよう注意。包丁、まな板は途中で何度も洗い、銀色のグアニンがシイラの身に着かないように注意する。
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西潟正人◎にしがたまさひと(文)
1953年新潟県生まれ。逗子市で地魚料理店「魚屋」を20年間営む。その後、東京新聞や日刊ゲンダイで連載の執筆や、TV旅チャンネル『漁師町ぶらり』のナビゲーターとして活躍。『釣魚料理図鑑I&II』(エンターブレイン)や『魚で酒菜』(小社)など著書多数。近著に『ウツボはわらう』(世界文化社)がある。
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