上田(以下U)「福島の山奥に、日本一の養魚場があるらしい」
西潟(以下N)「え、釣り堀の魚料理なのかよぉ…」
養殖魚の、人工餌特有の匂いが嫌いだった。淡水魚の、それもニジマスと聞けば、申し訳ないがイヤな顔は隠せない。
U「今の養殖魚を、バカにしちゃいけないよ。広大な敷地で、頑張っている人たちがいるんだ」
半信半疑でクルマへ乗り込み、東北自動車道をひた走る。前方に雪の那須岳が見えてくると、なにやら嬉しい予感もしてくる。大自然に囲まれて、どんなニジマスが育っているのだろう。
たんぼ道は迷路のようで、カーナビは「目的地周辺です」を繰り返す。しばらくして小さな看板を見つけ、先へ進むと大きな門がある。その奥の建物がコテージ風の事務所になっていた。
静かな口調に、養殖業への強い信念が漂う。笑顔には、押さえきれない夢が溢れる。
「林養魚場」副社長、林総一郎さん(41)の話を聞いていると、一刻も早く「メイプルサーモン」が食べたくなってくる。養魚場内の視察を終えたら、「にじます亭」の座敷へ直行だ。
「池から揚げて、締めたばかりなンです。ホントは、しばらく置いた方がよいのですが…」
謙虚に微笑む、その様子からも、よほどの魚好きがわかる。真っ先に出された料理は、刺身だった。濃い橙色が、3ミリほどの厚さに切られている。1枚をハシでつまむと、ネットリとたわむ。海の白身なら、ピンと立つところだ。
醤油も付けず口に入れ、味を探る。舌の味蕾を総動員させて、神経を集中させるも、まったく養殖臭がしない。爽やかな甘みは、熟成した果物を食べているようだ。白い脂に縁取られた、腹下を食べてみる。初めて味わう、ニジマスの大トロだ。ここにも、あのイヤな匂いがない。
「私、養殖サーモンって苦手だったんです。これって全然違いますよ、美味しい!」
ダイワの釣りインストラクター嬢、小堀友理華(27)も感嘆する。
U「神経締めをしたら、身質はもっと向上するでしょう」
首骨を切って氷漬けにする野締めより、神経締めは死後硬直までの時間を延ばす。川魚のデリケートな身質が、生きている状態で保たれるわけだ。
料理は薄切りの冷燻製に移行して、また素晴らしい。林氏が自ら試行錯誤した結果というが、苦労話にも笑顔が伴う。
「養殖魚には、育てる人の人間性が出るんだねぇ」
素知らぬ顔して、U氏は名言を呟いた。
「今は一流レストランが主な顧客ですが、一般家庭にも普及させたいですね」
林氏は強い意気込みほど、静かに話す。温燻製・ます丼と、多彩なご馳走にすっかり満足。
N「オレたちの料理は?」
U「そうだ、釣らねば。なぁに釣り堀だぜ、何匹いる? 」
U氏は、ルアー竿を手にフィッシングエリアへ急ぐ。自信に満ちた背中を見送り、N(私)は町へ向かう。野菜などの食材を、調達せねばならない。