「こういう“まさに渓流”という環境で養殖している所はなかなかないな〜」。阿武隈川沿いのその養魚施設を目の当たりにウエカツが思わずつぶやく。
直径20mほどの養殖池に人間が近づくと、その中にいるニジマスがザワザワッと動く。
「人がくるとエサがもらえると思って喜ぶんだよ」。ウエカツが言う。
「脂の乗った身質を求め、世界的にエサの脂含有量は多めがトレンドになっています。ノルウェーはその最たるもので、私も年に3回くらい行きますが、最初は含有率が28〜30%くらいだったのが、今では40%近い。最終的には半分くらい入れたいようですね」
世界的な食のトレンドである脂嗜好。これこそウエカツが今もっとも懸念していることであった。
「いわゆるオイリーっちゅうヤツは、世界市場のヨーロッパ、米国、どこでも受けがいい。ただこの脂っこいものがうまいっていう風潮が日本にも根づいてしまうと色々な問題が起きるんですね。沖縄や九州南部で、安くて脂っこい輸入サーモンが出回って、地元の魚が売れなくなり、漁業がなりたたなくなってきている。脂っこいものが受けるからと流通させていく中で、日本に元々ある産業がなりたたなくなっていく。そういう現実を見るにつけ、どうやってバランスをとればいいのか? 僕らにできることは、脂っこいだけがウマサではないということを、実際に食べてもらうことで訴え続けるしかないのですが、脂の咾好は、いったんハマるとなかなか根深い…」
では林養魚場のエサの脂の含有量はどの程度なのだろうか?
「ウチも脂は多めの傾向にはありますが、ノルウェーのいわゆるトロサーモンみたいなギトギトしたものはあんまり美味しくないと、20数%です。日本人の味覚にあった方がいいだろうと」林氏が言う。しかしノルウェーの半分近い数字も昔では考えられない脂の多さなのかもしれない。
「まぁそれが今の日本人の味覚なんだけど、これは戦後に作られた味覚だと思うんだ。ま、そこらが外国の思う壺なんだけど」
日本人の食の嗜好の変化は、食文化の変化ということだけでなく、食を取り巻く日本の産業の崩壊にも繋がりかねない大きな問題なのだということを我々はもう一度考える必要があるだろう。
大自然の中でルアーをキャストする気分は爽快そのもの! ではあったのだが取材当日はどうも魚の活性が低く、思うような釣果というワケにはいかなかった。沖釣りでは敵無しのダイワの小堀女流名人(奥)も「今日はやられた!」
再び林養魚場に戻ったウエカツは、噂のメイプルサーモンを食すことに。
その紅色の身は、白いサシが入ってはいるが、ギラギラした下品な照りがなく、どこか繊細な印象すら受ける。ウエカツがその身を口にする。しばしの沈黙のあと、その口を割ってでた言葉は、
「月並みな言い方ですが、すごく旨い!いや〜脂の乗ったサーモンでありながら、脂に違和感がない。これは胸を張って売れる!」
前々から養殖魚についてウエカツは思っていたことがある。それは“養殖じゃないとこの味は出せない”という世界の確立だ。養殖魚は一般的に、天然魚の下に見られている。しかし、養殖ならではの美味しさというものもあるはずだし、さらには天然魚を凌駕しても不思議ではないのだ。
肉でいえば野生の牛と、人間が心をこめて育てたブランド牛の比較。市場ではそのどちらが価値が高いのか答えは明白。魚の世界がそうなってもなんの不思議もない。
「それには海水・淡水、タイやカンパチ、ブリなど含めて、養殖の魚をランク付けする必要があるんじゃないかと思う」とウエカツは言う。牛肉の格付けのようなランキングだ。そのランク付けができた時には、このメイプルサーモン、必ずやトップランクだろう。
だが、そんな旨さのメイプルサーモンにも厳しい話がある。震災以降の風評被害だ。林氏が言う。
「震災前の6割程度に落ち込んでいます。料理人や問屋の人は問題ないと判っているんですが、福島産と記載があると売れない。震災直後からセシウムは検出されてないんですが、一度注文がストップしてしまった。その間に輸入サーモンに切り換えた所から、取り戻すのは色々な意味で難しい」。これもまた一つの現実なのだ。
さて話を冒頭に戻そう。フォレストスプリングスでの釣りがその後どうなったか?実はスタッフ含めて4匹という貧果。
「養殖の魚にやられちゃったよ〜」ウエカツが叫ぶ。メイプルサーモンには、味でもやられたが、釣りでも別の意味でやられてしまった。そういう時もある。それもまた釣りの醍醐味ってヤツである。