鮮やかな新緑に囲まれ、広大な池が広がる。水面を凝視すると、巨大な魚影が悠々と泳いでいる。
ウエカツこと上田勝彦は、そんな水中に潜む彼らを追い求め、シュッという音とともにルアーをキャストした。
ここは『那須白河フォレストスプリングス』。通称“トラウトフィッシングエリア”と呼ばれる、簡単にいえばマス類の釣り堀である。
しかし“釣り堀”“マス”といった言葉から連想する観光地スタイルの釣り堀……イクラなどを餌にして浮き釣りで釣った魚を買う釣り堀とは完全に一線を画した世界が、この“トラウトフィッシングエリア”にはある。
なにしろ賢く獰猛で引きが強いトラウトは、ヨーロッパや北米では古くからポピュラーな釣りのターゲット。ルアーフィッシングやフライフィッシングの歴史はトラウトから始まっているほどなのだ。あのヘミングウェイもマス釣りに関した多くの著作を残している。
そんなトラウトとの真剣勝負を繰り広げられるトラウトフィッシングエリアは、高度な釣り人のテクニックと専用化した釣り具が求められる、まさに熱いフィールドなのである。
そんな那須白河フォレストスプリングス。この施設の経営母体である林養魚場は、釣り対象魚以外に、食用の魚の養殖でも名を馳せていた。『メイプルサーモン』というブランド名のレインボートラウト……いわゆるニジマス。その市場での評価の高さは、ウエカツも何度となく耳にしていた。
冒頭のフォレストスプリングスから時間を3時間ほど前に戻そう。ウエカツは同じく福島県白河にある林養魚場の本社へ、副社長・林総一郎氏を訪ねていた。
(上)ブラウントラウト/(下)ニジマス
今、日本の魚市場は、ノルウェーやチリからの安い輸入サーモンに席巻されている。回転寿司での一番人気は、いつの間にやらマグロからこの輸入サーモンに取って代わられている。ウエカツはこの現状を憂いていた。
国産サーモンを養殖する林養魚場・林副社長は、この現状をどう捉えているのだろうか?
「国産の鮭だけで、今みたいなサーモンの市場開拓ができたかというとそれはなかったと思うんです。
80年代中盤以降、ノルウェーから年間20万トンのサーモンが日本に入ったきたことで、ある意味、市場を開拓してくれたと思っています。その開拓された需要に乗りつつも、安さではノルウェーやチリには勝てないので、鮮度の良さや、きめの細かい品質で勝負していこうというのがウチの考えです」
林氏の話に「なるほど」とうなづいたウエカツが言葉を続ける。「仕事がら、日本中の色々な養殖ものを口にして検証している中で、海水、淡水に限らず私が気になるのは、養殖臭、酸化臭、魚粉臭、ジオスミン臭といった匂いなんです。匂いについてはどのように対応しておられますか?」。ジオスミン臭というのは淡水養殖魚特有の青臭い匂いで、雨が降った後、独特の「ムッ」とする匂いのすることがあるが、あの匂いである。「ウチのメイプルサーモンは、一応臭くないといわれているとは思うんですが。日本中に色々なサーモンのブランドがある中でも…」
国産ブランドサーモン、有名なところでは栃木のヤシオマス、長野の信州サーモン、山梨の甲斐サーモンなど。サーモンといってもニジマスだが、そのほとんどを実際に食しているウエカツが言う。
「養殖臭を軽減するために、脂の配合を相当に研究しているモノもありますね。食べた範囲では東京の割烹でも使えるようなレベルに達しているのもある。ただ同じブランドでも、バラツキがあるんですよねェ」。それに林氏が応える。
「そうなんです。そういうブランドは県全体で推し進めているので、養魚場によってバラツキがあるんです。ウチは一社でやっているので、そこは違うかなと。ジオスミン臭に関しては、使っている水が地下水ではなく河川水なので、ないのではないのか?と思ってるんですが、これはぜひ確かめてください」。その言葉に促されて、ウエカツは林養魚場本社から車で15分ほどの『あぶくま川分場』へと赴いた。