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【第4回】諏訪湖 ワカサギ|諏訪湖が発祥 室内を思わせる“ドーム船”
魚のことならお任せ ウエカツ水産&魚屋 ニシガタ ニッポンの魚“ワカサギ”を堪能す!
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 自称"ウエカツ水産"こと上田氏(以下U氏)から誘いを受けたのは、年の瀬も押し迫った頃のことであった。
西潟(以下N)「なぬ?諏訪湖でワカサギ!楽しそうではあるけれど、寒そうだなあ……」
 沖縄でのグルクマ(スズキ目・サバ科の魚。名前は奥名和の方言に由来)の一本釣りなどを夢見ていたが、編集部も酷な企画をごり押ししてくるものだ。
 若い時分に氷に穴を開けての"穴釣り"の経験はあるものの、吹きさらし氷上は人間の居場所ではない。凍えてうずくまりながら、小さな魚を釣って何が楽しいというのだ?
「あんた、ドーム船って知らんやろ?今、全国各地に広がっている、温室の中で楽しむ寒さ知らずの釣り方よ。実は今回行く諏訪湖が発祥なんよ。乗ってみたいと思わんの?」
 なぜか、お互い関西弁で争っている2人なのだが、湖が東京ドームのように覆われているのか? ドーム船なるものがよく理解できぬまま、しかし面白そうだという興味もわいて、一同を乗せたクルマは長野へ。雪の八ヶ岳連峰を遠景に、諏訪湖を目指した。
室内を思わせる船内で快適にワカサギ釣り
 湖畔には寒風が吹きすさぶ。クルマから降り立ってブルブル震えているが、やはり湖がドームで覆われているわけがない。見慣れた光景がそこにある。漁師小屋から桟橋が延びて、船外機付きの伝馬船が何艘もつながれている。まるで"漁港"は、その名も「湊(みなと)」という地名にあった。
「ドーム船は沖に留まっているよ」
 名刺に「諏訪湖畔の宿」とある「みなと」の専務・中澤滋さんが出迎えてくれた。
 桟橋からボートで順番に屋形船へと運ばれると、何だこりゃ!?
ストーブが置かれた船内はまるでお座敷で、小さいながら台所まである。あまりの温かさに上着を脱ぎ、窓際の床下を開けると、そこが諏訪湖の水面であった。
「ガハハハ、ワカサギ釣りもすっかり進歩したもんだねえ。オモチロ〜イ!」
 釣り竿の長さは20センチほどか。大きさ、形ともにパソコンのマウスに似た電動リールを指先で操りながら、床に正座をして釣っている。石油ストーブはガンガンに燃え、ヤカンは元気よく湯気を噴く。熱燗も冷えたビールも何でもござれ。思わず笑っちゃう気分がよくわかる。
「200匹は釣ってよ。料理のことを考えたら、最低数だぜ」
 風が出て、水が動いて釣れだしたようだ。形は小さいが、料理分は確保でき、まずは安心。私は伝馬船に送られて、諏訪湖漁業組合へと向かうことに。
諏訪湖が抱える課題と希望
 河川や湖沼は、海面に対して内水面と呼ばれる。内水面漁業にももちろん組合はあり、漁獲をして生計を立てながら、資源管理が行われている。
「諏訪湖のワカサギは、大正4年に霞ヶ浦から移植。繁殖は翌年に大成功しますが、近年になって問題が発生しています」
 組合長の藤森寛治さんは、白板に図解を示しながら説明をしてくれた。問題は40年前にさかのぼる。天竜川の治水工事で佐久間ダムが建設されると、降海型のウナギ、アユ、川マスが遡上できなくなった。魚道を作る配慮がなされなかったのが原因だ。
 諏訪湖もまた、湖周道路の誕生で垂直護岸となり、浅瀬が消滅。さらに諏訪湖に注ぐ河川も護岸され、コンクリート壁ばかり。ワカサギが産卵する砂場が消えた。漁業組合は、シュロ枠に産卵させ採卵、そして人工ふ化することに成功。全国に移植するまでになった。
 しかし…。諏訪湖に流入する河川31本に対して、流出河川は天竜川1本だけ。水門は上層流出工法をとったため、水深7メートルの湖底に河川からのドロが溜まり、年々浅くなるばかりなのだという。
「このままでは100年しないうちに、諏訪湖がなくなってしまうという研究結果もあります」(藤森さん)。
 そして、密放流だ。ブラックバス、ブルーギルなど強力な外来種はワカサギを食い荒らす。内水面漁業統制規則で厳しく禁じられているが、イタチごっこは続いている。魚に、罪はない。限られた水域だからこそ、"人間の知恵"が必要なのだ。
「魚介類で現状では20トンの水揚げですが、近い将来には200トンを達成させたいですね。まず、湖底の浄化です」
 組合長の真っすぐな視線に、強い意志をみた。八ヶ岳のてっぺんが、明るく輝いている。
ワカサギ料理を堪能し終えて
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 10月〜3月にかけて、街のスーパーにもワカサギは並ぶ。漁業者がいるくらいだから当然だが、やはり釣りたては"モノ"が違う。
 ピンピンしているだけではない。キラキラ輝いているだけでもない。手にもって、こりゃ旨そうだぁ…と思う。その重量感まで違うからだ。
 クタッとして白く澱んでいては、つい視線をそらせてしまいたくなる。
 ワカサギは、鮮度が落ちるのが非常に早い魚だ。釜揚げしたときや茶漬けにしたときに表面に浮かぶキメ細やかな脂は、やはり釣り立てならでは。釣行で疲れていても、その日に味わうと理解できるはずだ。"食べるのを明日に伸ばさないでよかった…"と。
 ワカサギ料理は難しく考えないことだ。"モノ"が旨いのだから、料理法は単純、簡単なほどいい。そして味を付けるのではなく、味を引き出すという感覚で作ればよいのだ。
 料理通でも知られる画家・ロートレックに次のような言葉がある。
「料理の精髄は単純と誠実にある。物そのものの味を生かすこと。物そのものに語らせること」
 まさにワカサギ料理に当てはまる言葉だ。こんなに贅沢な味わいを夢見て、釣行するのも悪くない。諏訪湖のワカサギは小さな身に美味しさを蓄え、3月末ごろまで待っていてくれる。
ブラックバスも美味しく食す!
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(1) ブラックバスの表面、さらに内臓を取り除いた腹の中を歯ブラシなどできれいに掃除。
(2) たっぷりの塩でゴシゴシと表面も腹の中もこすってヌメリを取り、水洗いする。
(3) そして、酒。ブラックバスの身にさっと日本酒を振りかけ、手で馴染ませたら、水洗い。
(4) あとは、塩焼きにするだけ。スズキのような淡白な白身魚として美味しくいただける。
西潟正人◎にしがたまさひと(文)
1953年新潟県生まれ。逗子市で地魚料理店「魚屋」を20年間営む。その後、東京新聞や日刊ゲンダイで連載の執筆や、TV旅チャンネル『漁師町ぶらり』のナビゲーターとして活躍。『釣魚料理図鑑I&II』(エンターブレイン)や『魚で酒菜』(小社)など著書多数。近著に『ウツボはわらう』(世界文化社)がある。
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