「ゴマサバは夏だけじゃのぉて、一年中旨い魚です」
「沼津では一本釣りを主体に“駿河サバ”をブランド化し、全国に売り出したいのです」
ゴマサバに目をつけた前出の江嶋力さん(38)と、沼津我入道漁業協同組合長の川口吉彦さん(70)の言葉が蘇る。「こんな旨い魚を、なぜ放っとくや」の憤慨もそこには漂っていた。高齢化が問題という地元漁業が、“駿河サバ”で活気づくことを願いたい。
さて、厨房はというと……
U「Nさん、神経締めしたサバは塩も酢も、なかなか回らんよぉ。もう、いいんでねぇか」
塩の浸透圧でも水分が出てこないのは、細胞が健在だからか。塩がわずかに溶け出したところで、酢で締めて、早々にいただくことに。ガラスのように澄んだ身の一切れをさっそく食べてみる。
N「……!」
もちもちとした歯ざわりで、舌にねっとりと絡みつく。やがて酸味をふくんだ甘みが、塩梅よろしく、口いっぱいに広がった。
U「ひと切れの皮面に“飾り包丁”を入れるのは、ワサビをつかまえるためだよ。青魚の脂には、醤油がつかないからね」
N「食あたりを避ける、“魔除け”って説もあるよなぁ」
締めサバが旨けりゃ、棒寿司は言うに及ばず。小腹空きに、これほどの食い物はない。押し寿司は、“屋台飯”の原型だ。
ひと口ほおばれば、海あり山あり。地球の恵みが、凝縮されている。締めたサバと寿司飯の、なんと愛称のいいこと。冷えたビールで流し込む、至福。
船場汁は、塩味だけの“サバ汁”だ。大阪の廻船問屋街「船場」が発祥の名物で“塩サバ”のアラを使ったと、U氏は力説する。だが小サバなど使った“浜料理”だったとも考えられる。いずれにせよ、この旨さは“サバ力”そのものだ。
U「長ネギは散らさないの? 生姜は?」
N「……どっちもいらない!」
U「頑固者め……」
締めサバで残った中骨も入れ、たっぷりの水でじっくり煮る。コツは沸騰直前にアクを取り、ゆっくり冷ますこと。そして再度火を入れることで、骨の髄から力強い出汁が滲み出るのだ。
U氏の料理もサバとカレーの相性のよさを痛感させ、酒もいいがご飯と一緒にサバをかき込みたくなる、極上の旨さ。さすがだ。
U「まいった! やっぱ、“駿河サバ”のせいかねぇ」
見慣れた「ゴマサバ」が、愛しく見えてきた。