N「釣果は、どうかね?」
U「ハゼは、入れ食い。イイダコは…ハハハ」
電話の声が、いつもと違う。おっとりと聞こえるのは、東京湾のそれも浅場釣りのせいか。前夜まで気をもませた、台風の余波はピタリと止み、海はさぞ凪いでいたに違いない。
U「Nさん、料理は任せた。オレは今回、ちょっと忙しい」
なんだって! サンプルを持って検査かい? マハゼなら天ぷらで、揚げモンはU氏の担当だったろう…などと文句を言っても始まらない。メニューを素早く頭に描き、順序立てて下ごしらえに入る。
一般にハゼとは、「マハゼ」のこと。釣り人たちは初夏の当歳魚を"デキ"、産卵期を控えて晩秋に海へ下るものを"ケタ"、うっかり年を越した大物を"ヒネ"と呼ぶ。山本も、ヒネを一匹、どこかで釣っていた。
小型は、釣り集めて佃煮にするといい。中型は干し上げてから炭火で焼き、正月の雑煮の出汁にするのが関東風だ。大型は天ぷらだけでなく刺し身にもするが、川に遡上すると有害異形吸虫の恐れがあり、生食は厳禁。ハゼは淡水域にも平気で入り込むから要注意だ。「イイダコ」は体長10センチほどの小型ダコで、春に持つ卵巣が"飯"粒に見えることから「飯蛸」だ。
タコ類のやっかいなヌメリ取りは、頭部(腹)を開いて墨袋や内臓を取り除いてから始める。
粗塩で揉み洗いをくり返すのも方法だが、サッと湯通しした後に水洗いすると簡単だ。また、茹ですぎると固くなる。食感をも楽しむ炊き込みご飯は別にして、料理は柔らかく仕上げることがコツだ。
しかしながら、秋に走りの「イイダコ」は、まだ"飯"を持っていないのが残念。それでも小さな「一干し」を食いちぎると、なんと滋味深い。U氏おすすめの「なめろう」も、逸品だ。
海へ下る頃の「マハゼ」は、産卵期をひかえて太っている。天ぷらは身ふっくらとして、刺し身も甘みがあって捨てがたい。
じっくり味わうと、東京湾の元気が舌に伝わる。なぜなら"ウマい"とは、"健康"を食べていることだから。青べか先生が舌鼓を打った魚の味は、今もしっかり生きている。