美味極楽メインページ魚の国ニッポンを釣る! > 【第3回】東京湾 ハゼ・イイダコ|日本人ならではの文化
【第3回】東京湾 ハゼ・イイダコ|日本人ならではの文化“ハゼ”釣り
光り輝く魚体が証明する 東京湾は裏切らない!
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ハゼを釣り、食すのは 日本人ならではの愉しみ
海風そよぐ船上に、天ぷら油の芳ばしい香りが漂う。
 東京湾には『天ぷら船』というこの土地ならではの釣り船がある。
 昼時には、しばしリールを巻く手を安め、船長が揚げた天ぷらを味わえるという、なんとも粋な釣り船である。
 その”昼時”がやってきたのだ。「いや〜、天ぷら船ってのはいいやね〜」。さまざまな海の顔を知るウエカツも天ぷら船に乗るのは初めてだという。
「小さい頃からさ、釣り雑誌で天ぷら船のことは知っててね、憧れてたんだよ」。そう言うや、ダイナミックな健啖家ぶりを示し、揚げたての海老やアナゴを豪快に、そして旨そうに、むしゃぶりつくように食べ始めた。
 天ぷら船の釣りは、船上で天ぷらを揚げることから、波の穏やかな海域で行なわれる。
 となると対象魚はおのずと限られることになるが、春から夏にかけてはシロギス。そして秋はハゼとなる。
 今日はハゼを狙い、船は木更津港の防波堤の中という鏡のような水面にイカリを下ろしていた。
 ウエカツが釣る魚といえば、その豪快な風貌から、どうも”大物”というイメージがあるが、ハゼのような小物釣りはどうなのだろう。
「小物釣りはね、釣り味にしても食い味にしても、この日本という風土から生まれた独特の文化なんだよね。小さいものを愛でる。そういうミクロな、しかし大自然と繋がっているマクロでもある世界。西洋の感覚なんかだと『小さいから食えない』なんていって、大きいものしか食べない。でもこれは違う」。確かに西洋で食べる小魚といえば、オイルサーディンやアンチョビ、スペインの白魚くらいしか思い浮かばない。
「干物の『タタミイワシ』なんて見たら、西洋の資源学者なんて、卒倒しちゃうんじゃないの。だけど、日本人は小さい物を食べるだけじゃなく、同時に大きな物も食べる。大小まんべんなく食べる。それが自然界との調和を生んできたんでしょ」。そんな日本人ならではの文化であるハゼ釣りは、朝の一投目から順調だった。
 この秋やけに多い台風の合間での釣行であり、荒天が心配されたが、逆に台風一過の小春日和で、汗ばむほどの船上。
 針にイソメをつけて軽く投げるウエカツ。するとすぐさま、傍からはわからないようなアタリを察知したのか、スッと竿をあげて合わせる。竿先はブルブルッと震え、ハゼが確実にフッキングしたことを示していた。
 ウエカツはさらに追い食いを求めて竿先を水平に戻す。そして再び合わせる。リールを巻いて手元に戻ってきた仕掛けには、20センチ弱のハゼがしっかりと2匹掛かっていた。
根拠なき風評が東京湾を死の海に変える
天ぷらの美味しさに、東京湾の未来を思う
 そして件の天ぷらが出来上がる11時半までの実釣時間2時間ほどで、ウエカツのバケツには60匹ほどのハゼが群れをなしていた。
 今回、久しぶりにこの取材に同行した、ダイワ釣りツアーのインストラクターである小堀友理華も、もちろんのように、あいかわらずの女流名人ぶりを発揮し、同じくらい大量のハゼを釣り上げていた。
 そんな中での天ぷらである。これが美味しくないわけがない。同時に船上に並ぶご飯に味噌汁(なんと具は渡り蟹だ)も、次々と胃袋に収まっていく。
 これぞ江戸前。これぞ東京湾小物釣りの醍醐味。
「東京湾では、かなり奥のほうでも外洋性の魚の稚魚がたくさん見つかっててね。まさに海のゆりかごですよ」。しかし、東京湾にも、考えねばならない問題がもちろん存在する。
「3・11直後は問題視されていなかったんだけれども、空中拡散から雨によって河川に入った放射性物質が、東京湾に流れて沈殿した。それが河口付近の泥から検出されるという情報が入って、蜂の巣を突ついたような騒ぎになったんですよ」。この検査結果はNHKが何度も放送したので、ご存知の方も多いことだろう。
「そこで東京湾の生物の検査をした。表層域、中層域の生物からは、当然なにも検出されなかったですし、影響が一番懸念される低層域にいる生物……カレイ、ハゼ、コウイカ、そしてシジミ、アサリ、ハマグリ。それらも色々と検査してみたんだけど、放射性物質が検出されることは未だにないんですよ。しかし依然として風評は続いているんです」。読者の中には、放射性物質が検出されてないなんて言っても、『国のいうことは信じられねェよ』という人もいるかもしれない。
 確かにウエカツも行政の人間である。なかには不信に思う人もいるだろう。その人に対して意見を押しつけるつもりはない。ただ、東京湾での魚類の放射能検査は、様々な機関が実施している。
 その中には、国際的な環境団体であるグリーンピースが行なっているものもあり、インターネット上でその結果を見ることもできる。
 それによると、千葉県の千倉港、船形港、金谷港、銚子港(東京湾の港はこのうち、船形港、金谷港)から水揚げされた魚介類を分析したところ、すべてのサンプルから放射性セシウムが検出されることはなかったそうである。
 しかし、風評は消えない。
 ウエカツの友人に、東京湾の三番瀬で海苔を養殖しいる青年がいるという。
 作る海苔の評判も非常に高かった彼は、いろんな小学校に呼ばれては、東京湾の幸を、そして今を伝えるという出前授業をしていたそうだ。
「ところがあの報道以来、そういう授業依頼はめっきり少なくなってしまってね」。この話はそれだけにとどまらない。
「ひどい時には校長先生が手袋で彼の海苔を扱って、そして生徒に見せるなんてことをしたという。そのくらい、学校の先生が自らの無知ぶりをさらけ出している。触って危険な放射性物質なんてものがが東京湾にあるワケがないでしょ!」。不安だから”私は東京湾の魚なんて食べません”という人はいるだろう。自分で学んだ上でそう判断した人がいるのはかまわない。しかし、無知からの根拠なき風評に、どれだけの人が多大な損害をこうむっているか?ということも同時に知っておかねばならないはずだ。
 東京湾に限らず自然には、その自然の恵みと共に生活を営んでいる人たちが必ずいるのだ。
「飲食店の方や流通業者を含めて、本当に分ってもらいたいのは、今、魚が売れないって言われてるんだけど、いい商売するにはさ、いいお客さんを、いい消費者のみなさんを育てていかなければいけないということ。それには魚のことを伝えるだけじゃなくて、海のことや、食べることや、みなさんの消費が国に繋がっているという事実とか、そういうことを伝えなければいけないと思うんだよね。そして、東京湾っていうのは、そういうことを総合的に学べる道場だと思うんだ」
 ウエカツが乗る船の下の海には、ツヤツヤと輝くハゼがいる。シロギスがいる。メゴチもアサリもいる。そこには東京湾の恵みがある。
 日本人全員が、それこそ死に物狂いで守っていかねばならない大事なものがそこにはある。
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