海風そよぐ船上に、天ぷら油の芳ばしい香りが漂う。
東京湾には『天ぷら船』というこの土地ならではの釣り船がある。
昼時には、しばしリールを巻く手を安め、船長が揚げた天ぷらを味わえるという、なんとも粋な釣り船である。
その”昼時”がやってきたのだ。「いや〜、天ぷら船ってのはいいやね〜」。さまざまな海の顔を知るウエカツも天ぷら船に乗るのは初めてだという。
「小さい頃からさ、釣り雑誌で天ぷら船のことは知っててね、憧れてたんだよ」。そう言うや、ダイナミックな健啖家ぶりを示し、揚げたての海老やアナゴを豪快に、そして旨そうに、むしゃぶりつくように食べ始めた。
天ぷら船の釣りは、船上で天ぷらを揚げることから、波の穏やかな海域で行なわれる。
となると対象魚はおのずと限られることになるが、春から夏にかけてはシロギス。そして秋はハゼとなる。
今日はハゼを狙い、船は木更津港の防波堤の中という鏡のような水面にイカリを下ろしていた。
ウエカツが釣る魚といえば、その豪快な風貌から、どうも”大物”というイメージがあるが、ハゼのような小物釣りはどうなのだろう。
「小物釣りはね、釣り味にしても食い味にしても、この日本という風土から生まれた独特の文化なんだよね。小さいものを愛でる。そういうミクロな、しかし大自然と繋がっているマクロでもある世界。西洋の感覚なんかだと『小さいから食えない』なんていって、大きいものしか食べない。でもこれは違う」。確かに西洋で食べる小魚といえば、オイルサーディンやアンチョビ、スペインの白魚くらいしか思い浮かばない。
「干物の『タタミイワシ』なんて見たら、西洋の資源学者なんて、卒倒しちゃうんじゃないの。だけど、日本人は小さい物を食べるだけじゃなく、同時に大きな物も食べる。大小まんべんなく食べる。それが自然界との調和を生んできたんでしょ」。そんな日本人ならではの文化であるハゼ釣りは、朝の一投目から順調だった。
この秋やけに多い台風の合間での釣行であり、荒天が心配されたが、逆に台風一過の小春日和で、汗ばむほどの船上。
針にイソメをつけて軽く投げるウエカツ。するとすぐさま、傍からはわからないようなアタリを察知したのか、スッと竿をあげて合わせる。竿先はブルブルッと震え、ハゼが確実にフッキングしたことを示していた。
ウエカツはさらに追い食いを求めて竿先を水平に戻す。そして再び合わせる。リールを巻いて手元に戻ってきた仕掛けには、20センチ弱のハゼがしっかりと2匹掛かっていた。