西潟(以下N)「オレは料理の準備をして、陸で待つ!」
上田(以下U)「ビール瓶をね、5〜6本釣ったら帰って来るから。夕方? そんなにかかるわけねえよ」
デカければデカいほど旨いと言われるアイナメ。40センチを越えるクラスになると、釣り人は尊称を込めて"ビール瓶"と呼ぶ。
鼻息荒く、前述のように釣果を豪語した都会の釣り師U。そして食楽のスタッフを乗せ、釣り船「おおしま丸」は正午に長崎漁港を出港したのであった。
アイナメと言えば、少年時代、忘れた頃に堤防の"置き竿"にかかっていた魚というイメージが強い。ただし、釣れたのはビール瓶ではなく、せいぜい20センチ程度。しかし、それを持ち帰ると、母は嫌な顔をしつつも美味しく煮付けてくれたものだ。大人の食べる魚の味とは違って、子ども心にも"野性味"を感じていた。甘辛に煮た皮の、ザラッとした食感が舌によみがえる。
そんなことを思い出しながら、気仙沼市立大島公民館(元・大島村役場)へと向かう。今回はそちらの調理実習室で調理撮影を行うためだ。
天井がはがれ落ちたままであったり、水や日用品などが大量に備蓄されているのを見ると、東日本大震災からの復興は、想像以上にまだまだ遠いのだと思わずにはいられない。
地元ではアイナメは磯魚のイメージが強く、観光協会からも「お客さんに出すような魚ではない」との説明を受けた。地元で民宿を営む方たちに話を聞いても、同じような答えが返ってきた。
N「旅館の食事が全国どこでもマグロとエビフライだなんて、旅行者は望んでいません。地元の魚を食べさせて下さい。その地で獲れた一匹の小魚を、余すことなく楽しみたいんです」
根付いている慣習と意識を打開したく、つい力説してしまう。だからか、公民館には旅館組合の方々が何人も集まってきていた。公民館での調理撮影が、いつの間にか、東京から来た料理人による料理教室開催となって島の方に伝わってしまったようだ。
後へは引けない。それよりも…釣りに出ているU氏から携帯に連絡が入る。
U「う〜ん、ボチボチ……。Nさん、できればどこかで仕入れておいてくれないかなぁ」
N「何!?」
U氏をはじめとする釣り隊の帰港は静かだった。誰の顔にも出港時の輝きがない。目を合わせようともしない。13〜14匹のアイナメは、子ども時代に岸壁で釣り上げていたサイズと変らない。
アイナメの特性を語り、捌き方を実演し、最後は食してもらう。想像以上の美味しさに、最初は無口。
やがてみんなに笑顔が広がって行く。