美味極楽メインページthe chef and the sea > 最終回「早秋のキハダマグロ」編|キハダマグロ、神出鬼没
釣り人たちが憧れる巨体
キハダマグロ、神出鬼没
the chef and the sea
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道具がすべて頑強でパワフル。かつて大物俳優が打ち込んだ“世界を釣る”的なダイナミックな釣りにワクワクする
最終回だというのに
まさかの展開に呆然
ビシカゴにコマセのオキアミを詰める。何回しゃくるとオキアミがすべて放出されるかを調整し、効率的な補充を繰り返すことが重要だ
竿を上げる際に、浅い水深にいるシイラ(いただいたもの)が掛かることも
 有馬シェフが釣りに行き、釣れた魚で料理を作るこの『the chef and the sea』がスタートしたのは2015年秋。それから17回にわたって海と川のさまざまな魚を釣り、料理してきた。当然、釣れなかったら料理はできない。帰り道に築地に寄って料理用の魚を買わなくちゃ!? という危ない橋も何度も渡った。4年の歳月が流れ、築地市場は豊洲へと移ったし、ズブの素人だった取材班の面々も竿を握る構えがちょっとだけ様になってきた(と願う)。
 釣りの腕が上がったどうかはナゾだが、間違いなくより釣りを好きになった。シェフはこの取材で鮎釣りの魅力に取り憑かれ、今シーズンは25回も川へ出かけた。釣りに出合う前と後でライフスタイルが一変するほどの衝撃があった。
 そしてキハダマグロを狙ったこの最終回。あぁ、ついにやってしまった……。完全なボウズです!
 過去には獲物のヒラメが1匹も釣れず、エサ用に釣ったサバを料理してピンチを凌いだこともあったけど、今回は材料が何もないのですよ。ゴメンナサイ。とにかく、キハダマグロ釣りを紹介しよう。
 三浦半島・松輪漁港から出た船は小田原沖でキャスティングを開始。頑丈な竿とどでかい電動リール。太いラインの先にはコマセ(撒き餌)を入れるビシカゴ、さらにその先に立派な針が付いている。ビシカゴにコマセのオキアミを詰め、針にもオキアミを付ける。狙った水深に仕掛けを沈めたら、何度かしゃくって(竿を上下させて)コマセを散らし、それを食べにきたキハダマグロに針を喰いつかせるという算段。回遊する魚群の進路を予測し先周りして針を落とし、通り過ぎる水深にピタリと合ったらビッグチャンスという、運の要素も大きい釣りだ。
 同じ仕掛けで浅い水深で待ち伏せすればカツオやシイラを狙うことができ、ヒットの確率はグッと上がるらしいが、我々はキハダマグロ一本槍。20kgオーバーもざら、大物は50kgにもなるキハダマグロをぜひ釣り上げてみたいのだ。
キハダマグロが掛かった船から離れるための移動も多い。焦っても仕方がない。ここはのんびりと大海原の景色を楽しもう
釣り人たちが憧れる巨体
キハダマグロ、神出鬼没
プライドをかなぐり捨て
なんとか企画成立
――シェフ、船上に10人の釣り人がいますけど、誰の竿もピクリともいっていませんよね。
「天気が良くて、暑くもない。風もないし、波も穏やか。最高の釣り日和なんだけど、魚も静かだね。水も澄んでいて、シイラや3mもあるサメが泳いでいるのも見えたほど。他の船ではアタリがちらほらあるようだから、キハダマグロがいるのは間違いないんだけどね」
 キハダマグロ釣りはこの相模湾で大ブームになっている。この日は、この地点だけで30隻ほどが密集。キハダマグロが掛かった船は回転灯を点灯させて周囲に知らせるのが決まりで、他の船はその合図ですぐさま全員が竿を上げ、ヒットしている船から離れるのが紳士協定となっている。キハダマグロは掛かってからラインを200〜300mも引き出しながら走るので、糸がからむオマツリを防ぐことが肝心なのだ。遠くに見える船の回転灯が点灯した。続いてその手前、さらにその手前でも点灯した。群れがこっちに向かってきているぞ! と高まる期待とともにしゃくる腕にも力が入るが、いつまでも静かな海。魚群を追いながら実質4時間ほど糸を垂らしていたが、取材班の竿は一度も揺れることはなかった。完敗だ。
「要ります、要ります! ありがとうございます!!」とシェフの声で船上が賑やかになったのは、納竿して帰港の準備をしている時。逆の船縁の釣り人から、意にそぐわず釣り上げてしまったシイラを「欲しい? 処分に困っちゃって」と声をかけていただいたのだ。やったー! これで料理ができます、ご飯にありつけます。
 プライドはないのかって? ありませんとも。背に腹は変えられないし、外魚扱いの魚も美味しくいただくのがモットーですから。処分寸前のシイラを救ったこの行為は、もはや自分たちで釣り上げたのと同じと言っても……過言だ。
船長からはサザエのお土産もいただいた。とりあえずシイラ&サザエ料理で反省会だ。