美味極楽メインページthe chef and the sea > Vol.17「晩夏のタチウオ釣り」編|味もキラリと光るタチウオ
白銀の体は鏡のごとし
味もキラリと光るタチウオ
the chef and the sea
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ギョロリとした目とギザギザの歯が並ぶ大きな口の強面。歯はナイフのように鋭いから、釣り上げたあとも、その扱いには細心の注意を
白銀の体は鏡のごとし
味もキラリと光るタチウオ
釣っては引き味強烈
食べては旨味鮮烈
仕掛けには、金属製の疑似餌であるメタルジグを使用。これをめがけてやってくるタチウオを釣り上げる
この日の状況ではまずまずの型を見事にゲットした
 しばらくすると、他の者も釣れ始めた。が、シェフにはなかなか”初日“が出ない。それまでみんなの世話をしていたダイワのO氏が「アタリもありませんか?」とシェフの横で自身の仕掛けを投げ入れる。小刻みにしゃくる(竿をあおって餌やジグを本物の魚のように見せる)こと数回、「来た!」と竿がギュンとしなって、立派な型のタチウオを釣り上げた。まさに瞬殺。流石のひと言。
「えーっ! そんなに簡単に釣らないでくださいよ」とまたもやシェフの恨み節。どうやらタチウオが反応するしゃくり方のコツがあり、しかも状況によってそれが刻々と変わるらしい。いろいろ試しながらその時々の最適解を素早く見つけていくことが、釣果につながるようだ。
 開始から約30分、抜けるような青空に「やったーー!」と待望のシェフのよく通る声。O氏の指導の甲斐あってか、シェフもようやく釣れ始めた。
「重い。引きがすごく強い魚だね。これはおもしろい釣りだ。アタリがきちんとわかるようになったらもっと楽しいんだろうな。一度はかかったのに、仕掛けごと切れちゃった。今上げた糸も擦り切れているんだけど、これはタチウオの歯でやられたんだね。こんなに丈夫な糸も切るなんて、タチウオの歯は本当に鋭いんだね」
 釣り上げたタチウオを取り込む際は要注意。日本刀のような体は特に危なくないけれど、大きな口にズラリと並ぶ歯はまさに鋭利な刃物の切れ味。必死に噛み付いてくることも多く、人間の皮膚は簡単に切り裂かれてしまう。仕掛けを外す時には、必ず魚バサミやプライヤーを使って魚を持ち、慎重を期すことを忘れずに。
 魚群にピタリとはまると、みんなでポコポコと釣れ始めて、船上はにわかにパラダイスとなる。シェフは結局、合計5尾と数はそこそこだったが、この船一番の大物90cmを釣り上げた。釣り人はタチウオの大きさを「指3本」「指4本」と体高の幅に指が何本入るかで表現する。「指4本」は釣り人憧れの最大クラスだ。
「指4本には全然足りなかった。今日の大きさであれだけの引きだから、指4本の大物となったら釣り上げるのも大変だろうなあ。僕としては、仕掛けが絡まりづらくて道具のトラブルが少ないのがとてもありがたかった。タチウオは食べても本当に美味しい魚だし、人気の釣りというのにも納得。大物を狙える時期にまたチャレンジしたい!」
この日はひとり5〜8尾のタチウオを釣り上げた。素人集団の食楽釣りチームにしては満足の釣果
左/喰いついたアタリをとらえると、このように針が口にしっかり入って無理なく釣り上げられる。
中/針が胴にかかっている場合、針に返しがないので最後の最後でバレてしまうこともしばしば。思い切りよく取り込もう。
右/人気の高いタチウオ釣り。このような釣り日和には、海の上は東京湾の各所からやってきた釣り船で賑わう。
ラビオリにコロッケ
自由奔放なタチウオ料理
 食材としてのタチウオは、好きな人はめっぽう好きだが、馴染みが薄い人は特殊な魚だと思い込んで敬遠していることも。調理が難しそうという声も聞く。ところがその実、ぶつ切りで塩焼きやムニエルにしただけでも絶品だし、クセのない旨みは多様な料理で活躍してくれる優れた食材なのだ。
 シェフは新鮮なタチウオをメインにキノコなどを使い、秋の訪れを感じさせる3品を作ってくれた。1品目はタチウオの身を餡にして包み込んだラビオリを好みのきのこと一緒に煮込んだスープ。ラビオリからあふれ出るタチウオの旨みがたまらない。一見ハードルが高そうだが、実はカンタン。
「タチウオは身の薄い尾っぽの方は、確かに三枚おろしに難儀するかも。三枚おろしは身の厚い部分だけにして、むずかしい部分は火を入れてからほぐしてツナのような感覚で使うのがオススメ。骨や頭は出汁をとって生かしてほしい。こうすることで、釣りで手に入れた丸ごとのタチウオの醍醐味をすべて堪能できるから」
 きのこスープが骨でとった澄んだ出汁の上品な旨味を楽しむのに対し、豚骨スープのように白濁したスープの濃厚な旨みを楽しめるのが2品目のなす田楽。白濁スープを吸った揚げなすとタチウオのソースが完璧な相性。ありがとうございます。辛口のスパークリングワインと共にいただきます。
 トリはタチウオのコロッケ。身の旨みを一切逃さず閉じ込めていて、食感はホックホク。これはすごい発明、ノーベルタチウオ賞だ。「実は同じ船に乗っていたアメリカ人の釣りの達人、ラルフさんのおかげ。『タチウオはコロッケがイチバンダヨ』って。そういう意見を素直に取り入れるのも料理のコツ(笑)。もちろんフライでも間違いない美味しさだけど、コロッケにするってところがいいよね。アイデアをいただきました!」
 コロッケに添えられたのは、昆布締めしたタチウオの細切り。皮が硬いタチウオのお造りは、家庭ではこんな風に仕上げると失敗がなく食味もいいそうだ。しなやかかつ切れ味鋭い料理の数々。タチウオ料理の真髄を見た。
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