糸を巻き上げ、カツオを十分に引き寄せてから。頭に狙いを定めて、タモをえいやっ! 見事確保!
移動中、シェフは操舵室で船長からカツオ釣りのコツについて情報収拾する。船長によると、カツオがいる水深は刻々と変わるので、指示された深さに従うだけではなく、反応を見ながらその上下の水深で試すことも釣果につながってくるという。しかし、より重要なのは、カツオが喰いついてから確実に引き上げること。カツオは激しく動き回るので、バレやすい(針が外れやすい)とか。
「不思議なもんでね、釣りたい釣りたいって、気持ちが前のめりになってると、うまくいかねえんだよなあ。焦って動きがぎこちなくなるし、変な力が入っちまうしな。その点、そんなに執着してない人が簡単に釣り上げちゃったりするわけ。典型的なのが、親についてきた子どもとか、ビギナーの女性とか。力じゃないんだよ」と船長。ふむふむと熱心に聞いていたシェフは、「ようし、いいこと教わったぞ! 釣るぞ!」と、より前のめりになっている。
通常はカツオを狙う船が100隻以上も集結するそうだが、この荒天とあって船は数えるほど。これなら確かに釣れる! おっといけません、平常心、平常心。
先陣をきったのは編集U氏。竿を出した途端、「あれ、これきたのかな」と言って瞬く間に釣り上げてしまった。「またU氏かー。いつも一番やる気がないのに」とシェフは恨めしそう。船長の話に妙な説得力が出てくる。
そうこうしていると、シェフの竿がギューッとしなった。「よしきた!」と声が響く。もっと巻いて、竿を立ててといったアドバイスのもと、シェフも見事に釣り上げた。体長50p超のなんとも立派な本ガツオだ。
ビクビクビクビクッと激しく動くカツオを抱えて、「これはうれしー」と安堵の笑みがこぼれる。
――シェフ、手応えは?
「それがさ、こんなにでっかい筋肉の塊のような魚なのに、引きは思ったほど強くないんだよ。ちょっと様子を見ちゃったけど、動き回っても強気で巻いていっていいみたいだよ」
カツオは針が掛かったにもかかわらず、目の前のエサを追って縦横無尽に泳ぐそうだ。糸が緩むとバレやすくなるので、常にテンションを保ちながら巻き上げていくことが重要なのだ。
その後もテンポよくアタリがきた。荒波に揺られてきた甲斐があったというものだ。船長さん、ありがとうございます。時折聞こえてきた「あーー!」という大きなため息は、バレたことの悲しいお知らせ。アタリに気付かずにいると、掛かったカツオが動き回って隣の釣り人の仕掛けを絡めとり”オマツリ“になってしまう。そうなると、せっかく掛かっても逃げられてしまうことが多い。
さて、再開から約2時間の格闘の結果、シェフは7回のアタリを得て4勝3敗。いい型の4本を釣り上げた。船全体でも持ってきたクーラーボックスが全部満杯になる大漁となった。
釣り上げたカツオは、鮮やかなブルーの縞模様を付けている。早速、岸で卸してみる。
「市場でもこんなに新鮮なカツオにはお目にかかったことがないよ。釣れてから死後硬直が始まるまで数時間以内のカツオを”
※もちカツオ“と呼んで珍重する地域があるんだけど、なるほど、このプリプリ感はすごい。これは釣り人だけに許された特権だなあ」
※ほかに、鮭の鮭児(けいじ)のように、ごくまれにいる、身がねっとりモチモチとしたカツオを指すこともあります
見よ、この美しきカツオの姿を。この日、シェフは50cmオーバーのカツオを4本釣り上げた
カツオは、シェフの手によって、その抜群の鮮度を生かした3品になった。カツオのカツレツは、衣のサクサク感ともっちり半生の中心部の食感が楽しく、トンカツや牛カツとも違った上品な滋味が楽しめる一品。カボチャとカツオで作ったボロネーゼソース(ミートソース)がよく合う。
カツオのタルタルは、なんとローストビーフと合挽き状態だ。
「カツオを肉の一種と見なすと、調理法がぐっと広がる。ハンバーグでも、牛豚の合挽きには牛単体とも違った味わいがあるよね。カツオ特有の血のような香りと酸味が苦手な人も多いのだけど、それを臭みとして除去するのではなく、似て非なる他の素材、この場合はローストビーフやベーコンの風味を被せることで抑えて、カツオの個性を失わずに、より味わいを深めることができるんだ」
百聞は一舐めにしかず……強烈に旨いです。きりりとした辛口の白ワインが合いそう!
カツオのポトフは、旬の秋野菜と一緒に、ほぼ生のカツオをほお張る楽しさが味わえる、いわばカツオのしゃぶしゃぶ。イタリアではタブーとされる魚+チーズが絶妙なアクセントになっている。タタキもいいけど、カツオでイタリアン、恐るべし。
カツオは食べ物の旬について考えさせてくれる魚だとシェフ。
「カツオは初夏の初鰹と秋の戻り鰹が旬だと言われているけど、回遊魚だからその時期は地域によって当然異なる。今の相模湾のカツオは一般的な初鰹の時期より遅いけど、すっきりとした赤身の旨さが楽しめる、ここでは旬の魚。大切なのは、その時期の魚の特長を引き出す料理をすることで、それこそが旬を味わうということの本質なんだと思う。今回は最高に旬なカツオを楽しめた!」
右上/タイムリミットが迫るなか、せっかくのヒットを必ずやものにしたいところ。慎重に行き過ぎたのか、この時はバレてしまった。一筋縄ではいかないところがまたおもしろい。右下/背から尾にかけてなんとも美しいブルーに輝く獲れたてのカツオ。旨いに決まってる。左/下船して早速カツオを卸してみる。さっきまで泳いでいた魚を最高の状態の食材にできるのも、釣り人に許された贅沢だ