開始早々、一番のお目当てであるイシダイを釣り上げた
この日の仕掛けと釣り方を解説しよう。エサはオキアミ。ビシと呼ばれる容器にオキアミを詰め、そこから2メートルほど先にあるふたつの針にそれぞれオキアミを付ける。ビシを海底まで投入し、1メートルずつ糸を巻きしゃくって(竿を縦に振って)いく。5回しゃくって反応がなかったら仕掛けを引き上げてエサなどをチェックする。しゃくった時にビシから飛び出したオキアミの煙幕ができる。そこに魚が集まってくるのだが、針をその煙幕の中へ移動させて喰いつかせるという戦略だ。
シェフが先陣を切って仕掛けの投入を開始。まだ他のメンバーが仕掛けを用意している間、「おおー、釣れたー!」とシェフの声が響く。手には黒とグレーの美しい縞模様のイシダイだ。シェフは半信半疑といった様子。シェフ、ありがとうございます。とりあえず調理分は確保。あとは気楽にやらせてもらいます。
この日はなかなかの釣果だった。イシダイは7尾、うち1尾はカメラマンM氏が撮影の合間にサクッと釣り上げた。M氏は取材班の中でも釣り経験の浅い、素人オブ素人。魚群を見つけてくれた船長のおかげだろう。
育丸の獲物は「イシダイ五目」。これはイシダイをメインとしながらさまざまな魚を狙うということ。場所を移動するたびに、面白いようにいろいろな魚が釣れた。アイゴ、イサキ、アジ、オキメバル、スズメダイ、ベラなど。ある時は釣りを再開した瞬間、全員同時に強烈な引きがあった。イナダとヒラソーダガツオの群れをとらえたようだ。
「船長ー! 楽しいよー! 縁日のクジ引きみたい(笑)」
カワハギやウマヅラハギも6尾釣れた。この釣り方においてカワハギの類が釣れる意味は大きいと船長は話す。と言うのも、カワハギはエサ取り名人と呼ばれる魚で、いち早く針のエサを食べてしまうやっかいなヤツ。エサのない針で他の魚を待っていても仕方がないから、カワハギの小さなアタリに合わせて、せめてこのエサ泥棒を逮捕できるかというのが腕の見せ所だ。第一、この時期のカワハギは持ち味の肝も大きくなっていて、すこぶるウマいのだ。
カワハギを釣り上げた時、シェフはからんだ糸に悪戦苦闘しながら恨めしそうにこちらを見ていた。船長曰く、この釣りで大切なのは、できるだけ長い時間エサが付いた仕掛けを海中に留めることだとか。そのためにはエサを取らせず、取られたらすぐに付け替えることが肝心。何度かしゃくったらビシは空になるので、粘らずに引き上げてエサをすばやく補充。そして、糸がらみなどのトラブルを回避すること。エサ付きの仕掛けが魚の前にある時間が長いほど釣れる可能性が高くなるからだ。
午後1時、納竿したシェフはどうも浮かない表情だ。
「挫折を味わったよ。以前にやった他の釣りでも経験あるんだけど、始めてすぐによくわからないうちに釣れてしまって、その後はうまくいってる実感を味わえないまま終わっちゃうの。試合にはギリギリ勝ったけど、勝負には完敗という感じ」
育丸の事務所でラーメンをいただきながら反省会。船長によると、今日のしゃくり方は一例に過ぎないとのこと。一度にいろんな方法を教えると混乱して中途半端になるので、あえてひとつに絞ったとか。場数を踏んで状況に応じたしゃくり方を修得すると、釣果は確実に伸びるそうだ。
港のリヤカーを借りて撤収。クーラーボックスが重いという幸せ
後日、三浦沖の魚を堪能する3品が作られた。カワハギはバーニャカウダに。湯ぶりした切り身に肝を溶かしたニンニクオイルをたっぷり付けていただく。身と肝の強烈な旨みが駆け巡る。アイゴは新米とこねてきりたんぽになった。アイたんぽ、旨し。
イシダイは三浦大根、ポルチーニとパエリアに。骨からとった出汁で炊いたごはんとイシダイのソテーをよく混ぜれば、上質な地鶏にも似た繊細な風味が口中に広がる。シェフの狙い、ドンピシャ。
トスカーナ地方の魚介煮込みカチュッコは、頭から内臓まで使えるところは無駄なく活用するシェフの真骨頂。これをパスタソースに使ったのがカチュッコのカルボナーラだ。「どうか白ワインを…」と悶絶する旨さ。
「若い頃、料理が美味しく仕上がっていてもプロセスの理屈が分かっていなくて、単に結果がそうなっているだけというもどかしい時期があったんだ。今回の釣りではその感覚が蘇ったよ。自分の狙い通り釣れた。そういう気持ちよさを次回は味わいたいな」