1匹目のアジ。「やったー」とシェフもひとまず安心した様子
ビシと呼ばれる小さなカゴの中にコマセを詰める。海中でコマセが散らばり、アジを誘う。集まったアジが針に付いたエサに喰いついたところを上げる
ほどなくポイントに着いたが、白波が立ち、船はかなり揺れている。予報では状況はどんどん悪化していくというから、時間との勝負だ。この日の釣り方は、近年人気のライトタックルを使ったアジ釣り。ライトタックルとは従来のタイプより細く軽い釣り竿のことで、魚の反応をビビッドに感じられるのが醍醐味だ。仕掛けを投入し、底を取ったら(糸のテンションが緩んでオモリが海底に着いたのを確認すること※昨年のメバル釣りで覚えた釣り用語)、海底から少し離すように巻いて、竿を大きく2、3度振る(しゃくる)。するとイワシのミンチであるコマセが拡散するので、「ここにエサがあるぞー」と集まってきたアジたちを釣り上げるという寸法だ。
「よぉし!」と気合を入れて釣り始めたシェフだが、しばらくしても大きな動きがない。少し遅れてスタートしたこちらが先に釣れてしまった。手をすり抜け、ピチピチと跳ねる魚体が美しい。針を落とすとまた釣れる。テンポよくいい調子で釣れていく。遠くから、シェフの視線を感じる。「あ、たまたまです」と恐縮しながらも、見えないところでにやける。
波がさらに高くなるにつれペースが落ちてきてしまった。海中は渦を巻いているのだろうか、仕掛けが頻繁にからまる。仕掛けを直してばかりいるこちらを後目に、シェフはたびたび「やったー!」と釣り上げている。先ほどは、にやけてすみませんでした。
時折「あ〜!」と悔しそうな声も聞こえてくる。アジの口は弱いため針が外れやすく、海面から船上へ引き込む間にバレてしまうこともしばしば。
「慎重にいかなきゃとわかってるんだけど、揚げる時に船べりにぶつけて外れちゃうんだよ。何匹逃したことか」とシェフ。心から悔しそう。そして、楽しそう。
海はいよいよ大きくうねってきて、タイムアップとなった。実質2時間少々の釣り時間だったが、一人20匹くらい釣っているから大漁といってもいいだろう。
「いやー、海が荒れちゃってさ、船なんてこんなでさぁ」というカッコいい言い訳もある。
――シェフ、後半に釣れていましたけど、なにか変えたんですか?
「その時その時釣れている人のことを観察して、釣り方をマネしてたの。竿をどれくらいの幅で何回しゃくるかとか。それがよかったんじゃないかな」
ただ恨めしそうに見ていたんじゃなかったんですね、失礼しました。こちらは研究が足りなかったために、途中で失速してしまいましたよ。
「アジって、一般的に流通しているものは大量に網で獲って表面が傷ついていることも多いし、足の早い魚のひとつということもあって、家庭では丸ごと塩焼きにするとか、調理法の幅が狭くなってしまっている。でも、本当はいろんな調理法で多彩な表情を見せる美味しい魚なんだ。だから、こんな新鮮な釣りアジは、実は最高に贅沢な食材なんだよ」
夕方、釣ったアジをテキパキとおろしていく。塩をして脱水シートに並んだアジの切り身がピンクに輝いている。釣りアジの輝き。
腹の銀色から背中に向けてほのかな虹色へと変わる魚体。改めて見ると、アジはなんと美しい魚だろう。
自分で釣り上げたことでの、妙な思い入れもあるかもしれない
2回続けての大漁! 過酷だったが、疲れも吹き飛ぶ釣果だ
後日、シェフは3品のアジ料理を作った。1品目は冷製のアジのコンソメ。アジの頭と骨から旨みをじっくり抽出&濃縮した、夏の訪れを感じさせるなんとも味わい深いスープだ。白ワインや冷酒を合わせるもいいが、そうめんにぶっかけても間違いない。
「それも旨そうだな(笑)。確かに愛媛の鯛そうめんも鯛のアラでとった出汁が決め手。今日の料理は一見手が込んでいるようだけど、実はどれも家庭料理の延長にイタリアンのエッセンスをちょっと加えているだけなんだよ」
2品目はアジのペペロナータ。ほどよく締められたアジはシコシコと上品な食感で、滋味豊か。大衆魚の面目躍如だ。
3品目はアジの身と内臓のミンチを巻いたアジフライ。小夏、ローリエの素揚げと共に食べると、爽やかな酸味と香りの奥からアジ特有の旨みがググッとやってくる。すごいぞアジフライ。ありがとうございます。アジを丸ごと美味しくいただきました。
「青魚の中でもアジは特別な存在。サバやイワシより淡白で、火を入れると上品な白身に変化する。料理するのも楽しい魚だよ」
釣って、食べて、おなじみのアジの魅力に改めて恐れ入った。