2月初めの取材ながら、快晴で波も穏やか。申し分のない釣り日和に感謝。
引きはそれほど強くはないが、アタリが明確に感じられて楽しいイシモチ釣り。釣り上げた魚は「活け〆」や「神経〆」で処理する
心に余裕があると会話も弾む。
――イタリアではイシモチは食べられているんですか?
「イタリアで同じような魚を食べる地域もあるだろうけど、あまり一般的ではないと思う」
――日本のイタリア料理店では使います?
「一般的にはよく使われる魚とは言えないけど、もちろんいろんな料理になるよ。うちも十数年前、店を始めた頃はスープにしたり、よく使った。でも、大衆魚として知られている魚だから、ある程度の料金をもらう”レストラン“としてのメニューには使いづらいのも事実。例えば、ビストロならイワシを使ってもOKだけど、高級なフレンチでイワシが出ると、それが高級魚の金太郎イワシでも、この値段でイワシを出すのかと首をひねる客も現れてくる。イシモチもイワシと同じようなポジション。美味しい魚なんだけどね」
――イシモチにはちょっとクセがあるような気がしますけど。
「それは鮮度の問題だと思う。イシモチは足の早い魚で、すぐに身がだれてくる。時間が経つと、皮の下の脂から独特の香りが出てきて身に影響するんだ。だから刺身ではあまり食べられていないよね。実はイシモチの刺身は漁師にしか味わえないと言われているんだ。今日は試してみよう」
お、やっぱり包丁が出てきました。釣り上げたばかりのイシモチを三枚におろすと、持参した味噌に漬け込んだ。切れ端をパクリと食べたシェフは「臭みなんて全然ない! 旨い!」と笑顔だ。
漬け込んだイシモチは細切りにして野菜に巻いてサラダになった。船上でも片手で食べられるアイデア料理だ。さすがシェフ、考えましたね。ほんのり付いた味噌味がイシモチの淡白な旨味を引き立てる。塩漬けのケッパーとレモンが利いていて、しっかりイタリアンになっている。これには経験豊かな船頭も「イシモチがこんなおしゃれな料理になるとは。しかし旨いねえ」と唸る。
釣り上げたイシモチは、氷で冷やすだけの野〆のほか、エラを切って血流を止める活け〆、頭からワイヤーを突き刺して脊髄を破壊する神経〆の3種類の処理をした。野〆、活け〆、神経〆の順番に死後硬直が遅くなり、鮮度が長く保たれる。
「イシモチのような大衆魚は、漁師は量を売ってなんぼだから、一匹一匹丁寧に〆るようなことはしない。でも、きちんと処理すれば絶対に美味しい魚だよ。知り合いの漁師はボラも神経〆して送ってくれるんだけど、本当にこれがあのボラか!? ってびっくりするくらい旨いんだ」
クーラーボックスを重ねて作ったテーブルでイシモチを捌き始めたシェフ。イシモチを味噌にしばし漬け込み、ケッパーとレモンをちょいっと入れてイタリア野菜でクルクルッと巻いたら、イシモチの味噌漬けサラダの完成! 同乗のみんなでモリモリ食べて「イシモチってこんなに旨かったの!?」とびっくり
船宿では釣りたてのイシモチを天ぷらでいただく。間違いない旨さ
およそ4時間で大きなクーラーボックスはめでたく満杯となった。船宿に戻ると、待っていたのは揚げ立ての天ぷら。キスの天ぷらもあったが、イシモチのほうがホックリ上品だと大好評。やはり採れたてのメカブを使った中華風サラダも絶品だった。
2日後、シェフはイシモチで3品の料理を作った。すぐに〆たからだろう、野〆でも鮮度抜群だったという。
1品目はイシモチとメカブのテリーヌ。メカブの香りとほどよい塩味をまとったイシモチがプリッと旨い。思わず「シャンパンください!」と叫びたくなる。
「要は昆布〆だね。でも普通に昆布〆だと鮨屋になっちゃうからテリーヌにしたの。キレイだよね」
2品目はスープ。イシモチのすり身がなんとも上品。じっくり味わっていると、トスカーナの白ワインがすっと出てきた。ありがとうございます。最高に合います。
「船でイシモチはかまぼこの材料にもなるって聞いたから。アイデアいただきました」
3品目はカツレツ。半生にさっくり揚げたイシモチはヒラメにも負けない洗練された味わい。思わず「ビール!」と叫びたくなる。
「船宿で天ぷらもいいけどフライも旨いんだよねなんて話を聞いたからさ。でも僕がそのままフライにしましたと出すわけにいかないでしょ。実は中にツキノワグマのラルド(ラード)を挟んであるの。ベーコンとかでもいいんだけど、動物性の脂を少し加えてあげると、味に奥ゆきが出て、かつ軽い印象になるんだ」
これぞイシモチの概念を一変させる食体験。釣り人だけが楽しめる最高の贅沢に酔いしれた。