美味極楽メインページthe chef and the sea > Vol.05「晩夏の鮎釣り」編|鮎の動きに神経を研ぎ澄ます
竿から伝わる 鮎の動きに神経を研ぎ澄ます
the chef and the sea
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生きた鮎をオトリに使う
ユニークな伝統漁法
 都心での最高気温が35℃と予報されたとある晩夏の日の朝、有馬シェフは東京の多摩西部を流れる秋川にいた。およそ一年前にオイカワ釣りでも訪れたポイントだ。さらさらと流れる水辺の風景が目に涼やかだが、日差しはもうすでに容赦のない強さで、モーレツに暑い。聞けば、この地域は37〜38℃まで上がるとの予報だ。
「山の夏、気持ちがいいねえ。えっ?なんかいた!?」  カメラマンが見つけたカブトムシに喜々と駆け寄るシェフは、完全に童心に帰っている。ひとしきりカブトムシとじゃれた後で、「いけね、釣りしにきたんだ。始めよ」とカラカラ笑った。が、目は本気。釣りモードに入っている。
 鮎の友釣りには長年チャレンジしたいと思っていたとシェフ。スイカを連想させるような夏らしい香りと上品な味わいを楽しめる鮎は、非常に魅力的な食材となる獲物だ。加えて、”友釣り“という日本古来の漁法が実にユニークである点にも魅かれると言う。
 友釣りについて簡単に説明しよう。鮎の友釣りは、多くの釣りのように魚の捕食行動を利用してエサや疑似餌に喰いつかせるのではなく、鮎の縄張り争いの習性を利用する。釣り糸の先に付いているのは生きているオトリの鮎だ。牛の鼻輪と同じように、オトリ鮎の鼻にハナカンと呼ばれる金属製の輪っかを通し、糸と連結する。竿と糸を使ってオトリ鮎を川で散歩させるようなイメージだ。天然の鮎、野鮎は水中の石についた苔などの藻類を好んで食べ、自分の縄張りを持っている。その縄張りにオトリ鮎が侵入すると、野鮎はオトリ鮎を追い払おうと肛門のあたりに体当たりして攻撃してくる。その気の強さが仇となる。オトリ鮎の尻ヒレ付近から伸びる鋭い掛針が一閃、攻撃してきた野鮎を瞬時に捕えるという寸法だ。

――シェフ、どうして鮎の友釣りをやってみたかったんですか?

 7メートル以上もある長尺の竿を手にシェフは話す。
「やさしい釣りじゃないことはわかってる。こんなに長い竿に、本当に大丈夫かと心配になるくらい細い糸。仕掛けも複雑で、オトリ鮎を弱らせてしまわないように、仕掛けの扱いにも手際のよさが求められるわけだし。単に天然の鮎を獲りたいなら大きな網でガサッと獲るとか、もっと効率的な方法はあるかもしれない。でも、友釣りの漁法のほうが、天然の鮎の中でもより美味しい個体を選んで釣れるはずなんだ。そもそも美味しい鮎ってどんな鮎だと思う? 僕はワタが旨い鮎だって考えているんだ」
竿から微細に伝わる
パートナーの鮎の動きに
神経を研ぎ澄ます
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1.初めにグローブライドの釣りインストラクターに方に、鮎の友釣りの仕掛けについて基礎的なレクチャーを受けた。基本構造とその意味を知ることで、メンテナンスも効率的にできるようになる。
2.仕掛けをイラストで理解する。仕掛けが複雑でハードルが高い釣りというイメージもあるが、一度きちんと理解できれば問題ない。
3.川の畔の小屋で作戦会議。みな真剣。
4.川に入り、実際に鮎に鼻環をつけるレクチャーを受ける。
5.鮎釣りの達人、小峰さんの徹底指導を受けるシェフ。
6.ポイントを決めてオトリ鮎を投入したら、自由に泳がせて根気強く待つのがコツ
友釣りで釣るからこそ
大きな価値がある
 シェフは友釣りが美味しい鮎を手に入れる合理的な方法であることをわかりやすく説明してくれた。
 ・鮎の美味しさは内臓の美味しさで決まる。
「内臓の上品な苦みがアクセントになって鮎の洗練された味わいが生まれるわけだけど、内臓の味はエサに大きく左右されるんだ」
 ・苔をしっかり食べている鮎の内臓は美味しい。
「鮎は完全な草食ではなくて、苔にありつけなかったら、虫だって食べる。虫を食べている鮎もそれなりに美味しいけれど、草食を徹底している鮎のほうが美味しさは上。苔が繁茂している縄張りを持つ強い鮎は、苔をたっぷり食べている可能性が高いと推測できる」
 ・友釣りにかかる鮎の内臓は美味しい。
「友釣りにかかるのはオトリ鮎を攻撃する強い鮎。つまり苔をしっかり食べて育った、内臓も美味しい鮎である可能性が高い。と、そういうわけさ」
 なるほどー。ありがとうございます。『パッソ・ア・パッソ』で使う鮎は、全国各地の信頼する漁師が友釣りで捕えた野鮎と、こだわっている理由にも納得できました。
 さて、鮎の友釣りの前置き的な話がいささか長くなってしまいました。というのも、シェフの釣りに動きがないからです……。「昼から午後4時頃まではどうせ釣れないからやってもムダ。とりあえず午前中が勝負だよ」という現地情報があっただけに気合を入れて臨んだものの、残念ながら昼までに釣果はなし。昼ご飯にしましょうと声をかけると、シェフは名残惜しそうに、そして興奮気味に戻ってきた。
「いやー、釣れないね(笑)。かかったけど、逃げられちゃったのが2回あった。タモを用意しようとして竿の立て方が甘くなった瞬間に針が外れたり、時間をかけて慎重にいき過ぎている間に思いっきり暴れられて外れたり……。悔しいね。でも、めちゃくちゃおもしろいよ。時間が経つのがあっという間」
 この日、川の水温やそれまで数日間の天候などの関係で、釣りの環境としては厳しいものがあったようだ。他の釣り人を見ても、ほとんど釣れている様子が見受けられない。

――シェフ、今日は釣りの技術以前に、条件が悪いようです。いかにも鮎釣りの猛者ってかんじの人でも、見たところ、2、3匹しか釣れていませんでしたよ。

「この状況でも確実に釣るところがすごいよ。それが経験の差だと思う。苔を削ぐように食べた跡、ハミ跡がどの辺の石に付いているか、水温はどこが低いかなどを見極めて、オトリ鮎が狙ったポイントへ泳いでいくように上手くコントロールする。なかなか思うように泳いでくれないし、無理に引っ張るとオトリ鮎が疲れて弱ってしまう。これは奥が深いなあ」
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