美味極楽メインページthe chef and the sea > Vol.04「初夏の渓流釣り」編|魚も馬鹿じゃない
魚も馬鹿じゃない 渓流釣りは知恵比べ
the chef and the sea
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山梨県大月市を流れる奈良子川にある「奈良子釣りセンター」で竿を振る有馬シェフ。朝から夕方まで、昼ご飯以外は休むことなく、シェフは釣りに没頭していた
都心からほど近い
野趣あふれる釣り場へ
 初夏を思わせる爽やかな陽気の早朝、有馬シェフと取材班を乗せたクルマは、中央自動車道を西へ向かっていた。目指すのは山梨県大月市の山間。大きなカーブを曲がると、前方には雪を抱いた富士山の雄姿が現れた。助手席のシェフは富士山に向かってパン、パンッと柏手を打ち、一礼。快晴の釣り日和に感謝しているのだろう。
「上野原市に入ったね。うちの店で使う小麦粉は、この上野原産なんだ。小麦粉って品種による味の違いもあるけど、製粉の仕方によって美味しさがまったく変わってくるんだ」とシェフ。
「僕がお願いしている農家さんは、水車を動力源にした石臼で、小麦が熱をもたないように時間をかけて挽いてくれる。季節や天候、小麦の水分含有量を考慮して、いつも最高の粉にしてくれるんだ。食材って、それが生まれる土地に実際に行ってみて見えてくる価値がある。それに、料理人として『こんなふうに使いたい』と消費側の情報を伝えることで、生産方法が改善されることもあると思う。だから料理人が生産地を訪ねることは、本当に大切だと思ってるの」
 ”そんな訳で、今日の釣りも僕の大事な仕事なんです!“というオチに身構えたが、「本当に最高の日だね」とシェフは新緑の風景に目をやる。シェフにとって釣りに行くことは、もはや、わざわざ言い訳なんてしなくてもいい、ライフワークになっているのかもしれない。
 今回、フィールドに選んだのは新宿から約80キロの「奈良子釣りセンター」。奈良子川の渓流を生かした管理釣り場で、ありのままの緑に囲まれた環境だ。
「おおー。ここが管理釣り場とは思えないね」とセンターに到着し、興奮気味のシェフの目は、木漏れ日を受けた水面のようにキラキラと光っている。
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魚影がはっきり見えるほど澄んだ水が流れる奈良子川
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大物ともなれば、食いついてから疲れるまで10分以上駆け引きすることもある
魚も馬鹿じゃない
渓流釣りはだまし合いの知恵比べ
この日初めて釣り上げた獲物は、まずまずの型のヤマメ。それまで真剣そのものだったシェフの眼差しが、一瞬緩んだ
 イクラをエサに釣りを開始。目にまぶしい萌黄色の葉、さらさらという流れの音、鳥の声、長い竿を操る釣り人のシルエット……。シェフが釣りに没頭する姿を眺めているだけで、思わず時間を忘れてしまう。
 当初、シェフはアタリを合わせる感覚がつかめず苦戦していたようだが、徐々にテンポよく釣れるようになった。ヤマメ、アマゴ、ニジマス、天然のヤマメも釣り上げた。「本当にきれいな魚だよな」と魚をしばし見つめ、次のポイントを攻めに行く。
 しばらくすると魚の反応が薄くなった。そこで、エサをイクラからブドウ虫に変えてみる。すると、すぐさま30センチを超えるニジマスの大物が釣れた。
「竿の届く範囲でも場所場所で流れの速さが違うし、日向日陰の違いもある。水深も違えば、底に岩があるところ、落ち葉がたまっているところと、実に多様なことがわかる。魚の行動範囲を立体的にイメージして、エサ、そしてその流し方の戦略を練る。ヤマメなんかは本当に賢いから騙し合いの世界だよね。なんて面白い釣りなんだろう」
 やがてブドウ虫の効力もなくなった。そんな場合は、しばし釣らない時間を置くのも有効だという。この時間を利用して、さあランチタイムだ。
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