釣ったフグを揺れる船上で調理する。「普通は寝かせて食べる魚だけど、釣りたての身はどうなっているか、どんな風味か、気になるでしょ」とシェフ。彼にとっては、獲物の調理も釣りの一部なのだ
ドライトマトなどの出汁を使ったシェフ釣りたてのフグ入り冷汁。言うまでもなくそりゃあ、旨い
シェフは持参した包丁を使い、揺れる船の上でフグを捌く。あっという間に有毒部を取り去り、白く輝く”身欠き“となった。
身欠きなら魚屋でも買えるが、釣りたてのそれは、身のツヤや張り具合が断然違う。通常、釣ったフグは船宿で身欠きにしてもらえるから免許がなくても心配ない。
「フグっておもしろい食材で、魚でありながら肉のような魅力もあるの。調理が難しいと思われているけど、それは薄造りの話。フグを刺身で食べるなら、あまりにも弾力が強いから、透き通るくらいの薄造りにしないと美味しくない。でも、意外と調理の自由度が高い、優れた食材なんだ。鶏肉をイメージしてみるといいかもしれないね」
釣竿を包丁に持ち替えたシェフもまた楽しそうだ。フグを小さなぶつ切りにすると、クーラーボックスから取り出した冷汁に投入。そこに塩むすびをくずし入れ、ズルズルッといく。ウマイ! ん? トマト味!?
「ドライトマトとキノコで出汁を引いてきた。よく見ると、松茸やポルチーニも入ってるはず。店の余りものだけど。こうしたら釣りたての淡白なフグも強い弾力を味わって楽しめるかなと思って。試せてよかった。これって船の上でしかできない、釣り人だけが楽しめる醍醐味だよね」
ありがとうございます。シェフの飽くなき探求心のおかげで、いつも感動の食体験ができます。
この食材を使って今しかできないことは? 丸ごと活かすには?
3日後に美味しく提供するには? 1週間後なら? シェフはそんなことを絶えず考えている人だとわかってきた。
―――シェフ、その食材への探求心はどこからくるんですか?
自分のイタリア料理の定義がベースになっているかもしれないとシェフは話す。
「イタリアにはその土地土地の旬の食材を使った郷土料理があって、それが20ある州のアイデンティティになっているの。お客さんはその土地で食べることに大きな意味を感じているから、よその州の定番料理を出すことは基本的にNG。つまり、料理が他の州へ持ち出されることはないの。じゃあ、僕は日本で何ができるかと考えた時に、日本を21番目の州と捉えれば、イタリア料理人として果たせる役割もあるだろうと。だから、日本の食材を追求していくことが、僕の仕事そのものなんだ」
日本の恵まれた水産資源とそれを活かすための先人たちの知恵は、シェフにとっては宝の山なのだ。
3人での釣果29匹のうち、半数以上を釣り上げたのはシェフだった。翌日、シェフは上の料理を作り上げた。いずれもフグの旨みや食感を活かしながら、フグの固定概念を打ち破る一品。これぞ日本のイタリアンの真骨頂と言えるだろう。
「秋のショウサイフグを旬と捉えるなら、このように身の旨みを軽やかに味わえるレシピがいい。魚の旬は、野菜と違って、たくさん獲れる時期なのか、どの部位が旨い時期なのか、どんな料理で好まれるかなど多角的に見なければいけない。これからは、あらためて魚の旬についてもきちんと考えていきたいね」
早くもシェフの探求心は次の釣行へと向いているようだ。