美味極楽メインページthe chef and the sea > Vol.01「秋のショウサイフグ」編|毒があれども食べたい旨さ
日本人は変わり者? 毒があれども食べたい旨さ
the chef and the sea
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ロッドの先を静かに見つめていたシェフは「お、またきた」とリールを巻き始めた。柔らかいロッドで海底でエサをつつくフグの気配を感じられるのも、この釣りの楽しいところだ
食材を丸ごと使い切り
持ち味を最大限引き出す
 とある晩夏の日の早朝、「パッソ・ア・パッソ」の前で待つシェフは、すでに釣り人だった。フィッシングベストに長靴、クーラーボックス。普段着で現れた当方に「釣りをなめてませんか?」と釘を刺す。目は笑っている。異様にキラキラしている。もう、釣りを楽しんでいる。
 さかのぼること数日前、店での作戦会議にて、シェフのスペシャリテのひとつ、鮎のリゾットを味わった。この日の鮎のリゾットは、鮎の骨からとった出汁をたっぷりと吸ったお米の上に、皮目をパリリとグリルした鮎が鎮座し、月の輪熊のラードで煮た鮎のリエットが添えられていた。鮎の肝のソース、鮎のうるか(腎臓の塩辛)が皿の縁を彩る。これらすべてをよくかき混ぜて食べる――。「んー!」と唸る者、一点を見つめ無言になる者、笑いが込み上げてしまう者、誰もが鮎の旨さに驚いた。いや、鮎という食材のもつポテンシャルが最大限に引き出されたひと皿に、心を奪われた。使う鮎は岐阜県揖斐川産。シェフが各漁場を訪ねて納得に至った鮎だ。
 シェフは言う。
「料理の8割は食材のよさ。美味しいひと皿を提供するまでの工程で、料理人にできることは2割に過ぎない。食材そのものの美味しさと産地での下処理のされ方、輸送の仕方で、食材のクオリティは8割方決まってしまう。だから僕は食材のふるさとに興味があるし、どんなふうに野菜を育て、魚や獣を獲るかを知っておきたい。それを知っていれば、料理の可能性も広がると思うから」
 さて会議の結果、ターゲットは、シェフのお気に入りの魚でもあるフグに決まった。秋のフグは白子の入りはよくないが、その分、身のほうに栄養が回っているため旨味が強いという。
「なんだか、楽しみになってきた。昼飯はどうしよっか」
 思えば、この作戦会議の晩からシェフの目は輝いていた。
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有馬シェフが釣り上げたショウサイフグ。中には30cm近いものや、サバフグなども。なかから小ぶりなものを選んで、船上で調理することに
毒があれども食べたい旨さ
恐るべし、日本人の執着心
フグを食べたいという
日本人は変わり者?
 羽田から1時間ほど沖へ出た船は、ややうねりのある海上で錨をおろした。釣りの始まり。
 エサのエビを付けた仕掛けを海底に落とし、喰いにきたフグを
”カットウ“と呼ばれる針で引っ掛けて釣り上げる。いかに小さな当たりを捉えて合わせられるかがカギだ。
 シェフは集中した。静かに海と対話しているように見えた。早くも昼飯の心配をしているようにも見えなくもなかった。初めに釣り上げたのはシェフだった。その後も「お、きた」というシェフのよく通る声が何度も響いた。バケツを見る見るうちにフグでいっぱいにしていくシェフに聞いてみた。ちょっとくらいジャマしてもいいだろう。

―――フグって、イタリアでも食べるんですか?

「食べないよ。フグはいるけどね。というか、世界で日本だけじゃないかな、フグを食べるのは。だいたい猛毒をもつ魚をどうにか食べようとしないでしょ、普通。日本人が変わり者なんだよね。でも、毒があるとか、トゲがあるとか自然界であまり狙われない生き物って、実は美味しいものが多いんだよ。フグを店で安全に提供できるように、ふぐ調理師の免許制度まで作ってしまうんだから、日本人のフグへの執着心はすごいものがあるよね」

―――イタリアンでふぐ調理師免許を持っているのは、シェフくらいじゃないですか? シェフの執着心もすごいですよ。

「僕はハモもよく使うんだけど、ハモの業者さんにすすめられたの。『うちはフグも旨いから、免許取りなよ』って。そうか、免許取ればフグも扱えるようになるんだ。そりゃ取るべきだなってね。そろそろ昼飯の準備するわ」
 やっぱり昼飯のことも考えていたみたいだ。
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釣り上げられたショウサイフグ。エサを食べに来たところを針で引っ掛けて釣り上げるため、針は口ではなくお腹部分にかかるという、面白い釣り。そして大漁にご満悦の有馬シェフ
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今回の仕掛け&タックル
竿はパワーとコントロール性を重視した「ダイワ 湾フグX」。リールは正確な棚取りができる水深カウンターが付いた「ダイワ ライトゲームX ICV」。ラインは巻き上げが滑らかな「ダイワ メガセンサー 12ブレイド」を使用。
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今回の船宿「えさ政釣船店」
温泉とセットの釣りを企画するなど、四季を通じ、東京湾の釣りを楽しませてくれる羽田の船宿。ショウサイフグは9〜10月も狙い目。

東京都大田区羽田6-12-4 
TEL:03-3743-1585 
HP:www.esamasa.jp/
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