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【第8回】〜シリーズ東京湾 vol.2〜カタクチイワシ|心躍らせた成果 シンプルに食す
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心踊らせた釣果をシンプルに食す贅沢
天からの恵みを心して食していきたい
 東京湾を一望する、横浜は『本牧海釣り施設』を訪ねた。
 初夏の日差しと潮風に、少年時代の匂いを、ふと感じる。釣り糸に、小魚がキラキラと連なって見える。カタクチイワシの群れが、寄ってくるのだ。子供たちの歓声が、転げ回る。
 日本の港は農林水産省所轄の漁港と、国土交通省所轄の港湾に大別さる。港湾は旅客輸送や物流の拠点として、不特定多数が利用する。中でも横浜港は「国際戦略港湾」として、重要拠点だ。
 横浜港の港湾区域(港湾法)は、横浜市の全海域を占める。「ふ頭」と呼ばれる船着場は十箇所あり、最大級が「本牧ふ頭」だ。広さ287.7ヘクタールを埋め立てた通称D突堤の先端に、昭和53年7月、『本牧海釣り施設』が開設された。
 横浜港には『大黒海釣り施設』と『磯子海釣り施設』もある。だが駐車場230台(一日500円)の利便さと、なんと言っても魚影の濃さで『本牧?』の人気は高い。おそらく国内の、有料海釣り施設の草分けだろう。沖へ突き出るL字型の釣り桟橋は、平日にもかかわらず人で溢れていた。忙しく釣れている夫婦に挨拶づもりで、よく来るんですか? と聞いたところ、「渋滞時間を避けると、多摩から車で一時間。回数券を買えば安い遊びですよ。月に五回以上は来ます」
 ここは、どうやら常連の割合が高そうだ。初老の男性が腰掛ける小さなクーラーボックスに、カタクチイワシが詰まっている。沖合には大型輸送船が行き交い、桟橋も大きな釣り船のように思えた。
 お邪魔すれば、仕掛けの準備に気がはやる。おっと、小物を入れた袋が風に飛んでしまいそうだ。
 「大丈夫! トウモロコシの繊維ですから水と二酸化炭素に分解されます。釣り糸、ハリ、重り、みんな生分解するんですよ」
 さらりと言われて、驚いた。釣り具メーカーが、自然環境を守るために一役を担う。感慨深く、世界の釣り人に広めたいものだ。
 港湾内だけに、水深は18メートルと深い。さっそく仕掛けを底に落として糸を張ると、プルプルッと竿先が震える。ゆっくり巻き上げる途中でプルプルは重量感を増し、六つのサビキバリに6匹のカタクチイワシが躍っている。おもしろい! ハリから外した一匹は、ガラスの断面のような、輝くウロコを水に散らした。手に持って頭をちぎり、腹ワタを出したら手びらきで刺し身にする。ところが、釣りたては身が固く締まり、手で開けるものじゃない。諦めて骨ごと丸かじり、これが旨い。
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この日の調理取材には、ダイワの小堀さんも参加。上田氏にアドバイスされながら、イワシをさばき、塩イワシに挑戦。釣った魚は調理して食べることも多いそうで、見事な腕前
イワシ料理はシンプルに
 日本産のニシン目カタクチイワシ科は9種(『日本産魚類検索・全種の同定・第三版』)。その中のカタクチイワシ属にも沖合回遊型と内湾回遊型があり、顔つきや体形がどことなく違う。
「外房でセグロと呼ぶ沖合型は、背が黒くなるが、東京湾のは沿岸型が多くて、少し幅広。江戸っ子が好む、シコ刺しサイズだね」
「サ行とハ行が混乱する江戸っ子は、ヒコと呼ぶ。居酒屋の品書きに『ヒコ刺し』なんてのを見つけると嬉しくなっちゃう」
 同じイワシの名はあっても、マイワシやウルメイワシの刺し身をシコ刺しとは言わない。多くの地方名がある中で、関東人の言うシコ(ヒコ)の響きには、初ガツオにも似た得意さがある。
 釣れたカタクチイワシは、言わずと知れた氷水ではなく、海水と氷で作った氷水で締める。塩分が、さらに急冷してくれるのだ。ピンと張った、カタクチイワシが数百匹だ。さぁ、どうしてくれようか。
西潟流は漁師直伝
 『シコ刺し』
 瀬戸内は尾道の漁師町で、お婆さんが一心に小魚を下ろしている。近寄るとカタクチイワシで、梱包に使う結束バンドをU字に曲げて、片身ずつ器用に削ぎ取っていた。その身も「百回洗えば、タイの味じゃ」と呟いた言葉が、今も耳に残る。
 削ぎ取った身を洗うと、最初は血の色や汚れが目立つ。流水で何度も洗うと、やがて薄灰色に濁るだけとなる。さらに洗うと身はキリッと引き締まり、透明な水しか流れない。
 しっかり水を切り、冷蔵庫に一時間ほど寝かせる。器もついでに冷やしたら、ショウガ醤油で召し上がれ。風呂上がりの夕涼み、これほどの酒のサカナは、ほかにない。煮干しや目刺しと、同じ魚とは思えない。
  『一匹塩辛』
 三浦の漁師は昔、獲れたカタクチイワシを船上で塩にまぶし、水気が切れたら一升瓶に入れて転がしていたと言う。1〜3カ月もすると魚はこなれて溶けたようになる。これが一匹塩辛(いっぴきじょっから)だ。
 さらに一年ほど熟成させると魚の姿はすっかり失せ、魚の醤油『魚醤』になる。タイでナンプラー、ベトナムでニョクマム、秋田ではしょっつる。一匹塩辛は、溶ける前の一匹。一升瓶の口から針金を差し入れて、吊り上げる。硬派な男の、酒のサカナだ。
 『アンチョビ』
 一週間ほど塩漬けして、固く締まったカタクチイワシを手開きで3枚に下ろす。オリーブオイルに漬け込んだ、自家製のアンチョビは嬉しい。
 パスタ料理の調味料で重宝し、フランスパンに挟んだ夜食も捨てがたい。好みの香草を加えると、味わいはさらに深まる。
上田流は家庭の匂い
 『イワシとネギのかき揚げ』
 U氏の料理一押しは、イワシとネギのかき揚げ。例の結束バンドを使って素早く三枚に下ろし、水洗いを繰り返す。揚げ粉を溶いたら、ぶつ切りの長ネギと一緒に和え、油で揚げる。揚げたては、サクッと歯に砕けて香ばしい。
「料理は簡単で素早いけど、贅沢なかき揚げだよ。釣りたてだから、魚臭くない」
 『塩イワシ』
「魚が極上だと、料理はシンプルに限るよ」
 もう一品はカタクチイワシの頭と腹ワタを取り除き、水洗いをした後、軽く塩をして馴染ませる。そして炙るように焼いた塩イワシの気品の高さに、思わず正座してしまった。市販の目刺しと、同じ魚とは思えない。
イワシのひらき方いろいろ
身体が小さなイワシは、包丁でさばくのは意外と難しい。そこで指とスプーンを使ったひらき方を紹介。
下準備
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ボウルにイワシを入れ、流水で洗い、ウロコを取る。
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1をザルなどに入れ、たっぷりを塩をして、軽く揉む。
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流水で塩と汚れを洗い流す。
1.手びらき
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イワシの頭をちぎり、指で腹を開く。
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指先で内臓をかき出す。
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内臓を取り出したら、血合いや腹に残る汚れを指で軽くしごいてキレイにし、頭側の背骨と身の間に指を入れる。
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片方の手で頭側の骨を持ち、もう一方の手でイワシの身をしごくようにして、身を剥がす。
2.スプーン開き
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エラの後ろ部分にティスプーンの凹面を押しあてる。
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背骨にそって、尾びれの方に向かいティスプーンで、イワシの身を剥がす。
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反対面も同様に背骨にそってティスプーンを動かす。
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尾ビレの付け根を切り離せば、3枚下しだ。
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西潟正人◎にしがたまさひと(文)
1953年新潟県生まれ。逗子市で地魚料理店「魚屋」を20年間営む。その後、東京新聞や日刊ゲンダイで連載の執筆や、TV旅チャンネル『漁師町ぶらり』のナビゲーターとして活躍。『釣魚料理図鑑T&U』(エンターブレイン)や『魚で酒菜』(小社)など著書多数。近著に『ウツボはわらう』(世界文化社)がある。
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