美味極楽メインページthe chef and the sea > Vol.09「晩夏のイワナ釣り」編|天然イワナの輝き
源流にもまれた 天然イワナの輝き
the chef and the sea
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川を少しずつさかのぼりながら釣りを続け、美しい雄滝にたどり着いた。これ以上は魚が遡上できない“魚留めの滝”と呼ばれ、滝つぼには大物が潜む可能性もある。果たして釣れるか?
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仕掛けをイチから作れるようになったシェフ。木の枝に引っかかって糸が切れるトラブルにも冷静に対処する。
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流れのそばでは、自生するミズを採取した。
深き山の清き流れ
源流に棲むイワナを追う

胸を張って言うつもりはないけれど、中年になるまで釣りとは無縁の人生を歩んできた。有馬シェフを筆頭に、編集者、カメラマン、ライターとメンバー全員が、釣りのずぶの素人でございます。シェフは少年時代より全70巻もの矢口高雄著『釣りキチ三平』を擦り切れるほど読み込んできたものの、実際にフィールドで竿を振る機会にはさほど恵まれず、釣りへの憧れと妄想だけを膨らませてきた。
他のメンバーに至っては、釣りの基礎知識すら持ち合わせておらず、未だ糸も満足に結べないときた。なんとも面目ない。
でも楽しい。こんな素人集団でも毎回それなりの釣果を上げてこられたのは、ダイワのインストラクターの方々の的確かつ根気強いアドバイスのおかげであり、素晴らしい道具を使わせてもらっているからに他ならない。釣っているのではない。釣らせてもらっているのだ。
にもかかわらずシェフが次なるターゲットに選んだのは、本州の源流に棲む天然のイワナだ。魚群の中に仕掛けを落とす船釣りとは訳が違う。天然のイワナは警戒心が非常に強く、賢い。人の姿が見えたらサッと岩陰に隠れてしまい、しばらく出てきやしない。以前に行ったような管理釣り場ならまだしも、狙ったところに満足に仕掛けを落とすこともできない私たちに釣れるとは思えない。無謀だ。

――シェフ、時期尚早ではないですか? 釣れる気がしませんよ。

「まったくだ。でも、ここらで一度、本当の渓流釣りをやっておくべきだと思う。僕らの暮らしを潤してくれる源流と、そこに棲む魚たち。シンプルな道具で、山では貴重なタンパク源を獲りに行く。釣れなくてもいい。体感すれば、釣りの原点が見えるような気がするんだ」
今夏では貴重な晴れた日、山梨県小菅村へと向かった。村の西にそびえ、日本百名山にも数えられる大菩薩嶺は、相模川、富士川、多摩川と3本の大きな川の最初の一滴が生まれる地で、村には多摩源流である小菅川が流れている。
今回のポイントはその上流域だ。
さて、結果から言おう。釣れました! 実質4時間弱で3人合わせて10匹超の釣果。シェフは左写真のように20cmくらいのイワナを連続で釣り上げた。事前には一人1匹でも釣れたら上出来だと聞いていたが、よほどこの日の条件がよかったのだろうか、奇跡的だ。
シェフが釣り上げた天然のイワナ。木漏れ日を受けて、美しく輝く。
源流にもまれて育った
天然イワナの孤高の輝き
賢い天然イワナに挑む
渓流釣りビギナーたち
 林道のどん詰まりから、山道を数分歩くと川に出る。先行者の釣り人がいたら、その人を追い越して上流には行かないのが暗黙のルールとのこと。というのも、川魚は基本的に流れに逆らって上流に頭を向けて泳いでいるため上流方向はよく見えているが、下流方向の動きには気づきにくい。だから下流からそっと近づいて上流に仕掛けを落とすのが基本だ。釣っているうちに人の動きが察知され逃げられてしまうので、上流へ登りながら、まだ人の出現に気づいていない魚を狙う。
先行者はいない。シェフを先頭に数十メートルずつ間隔をあけて、エサ釣りを始めた。その時の環境を見極めてエサを選ぶことが大切だ。この日はブドウ虫を選んだ。うねうねと生きているブドウ虫に頭から針を刺すのにはまだ少し抵抗がある。編集U氏は大きな体躯に似合わず、手袋をしないとブドウ虫を触ることもできない。技術以前の問題だ。
シェフは違った。最初こそダイワの方に仕掛けを作ってもらったが、いつも以上の集中力で竿にくくる道糸(竿先から錘までの糸)の結び方、針とハリス(道糸と針をつなぐ糸)の結び方を習得している。いつもと気迫が違う。矢口高雄イズムが全身から出ている。
一方、編集者とライターはのん気なもの。シェフが通過したポイントで気ままに糸を垂らす。ブナやクヌギの葉の緑が目に優しく、瀬音が耳に心地よい。釣れなくてもいい、最高の森林浴だ。
突然、ククッというアタリを感じ、えいやっと竿を上げると、なんと釣れてしまった。以降、驚いたことに二人ともにいい具合に釣れていき、小さいものはリリースしたものの調理に最低限必要な数は確保できた。イワナは個体によって好む場所もさまざま。流れや岩の形、水深などからその居所を推測して狙うのだが、セオリー無視の無手勝流がたまたま功を奏したようだ。
さて、シェフを冷やかしに、いや応援しに上流へ行ってみよう。
シェフはそれ以上、魚は遡上できない”魚留めの滝“と呼ばれる雄滝に迫っていた。しかし、勢いあまって折しも対岸の木の枝に仕掛けを引っ掛けてしまう。ここはそっとしておこう。
シェフはすぐさま気持ちを切りかえてある岩に近づくと、小さく速い流れにそっと仕掛けを落とした。その刹那、竿がぐっとしなり、立派なイワナを釣り上げた。魚を掲げる笑みがまぶしい。
「狙いがドンピシャにはまった。これまでは手とり足とり指導してもらって釣ってきたけど、今のは自分でイチから仕掛けを作って自分の判断で釣ることができた。これはうれしいなあ。本当に」
【自然環境・天然資源を大切に】 小菅は日本でも非常に限られた原生林になり、また天然のイワナは非常に貴重な魚です。そのため、以下のルールは必ず守りましょう。
『小菅川ルールとして、15cm以下はリリース。持ち帰りは1日一人5匹まで』。
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